ドリーム・ドリーム



 夏。焼けつく太陽に熱せられた空気はじめじめと肌に粘り付く。ひとたび、風が止んでしまえば幾人が狂いだすことだろうか。
 太陽が地平線にその姿を隠してさえ、この蒸し暑さは変わることない。
 だらだらと、流れる汗に今夜も寝つけない。
 こんな真夏の夜の夢は……



 夏も冬も関係なく、繁華街の夜は年中活気に溢れている。とはいっても、僕がこんな所に足を踏み入れたのは今夜が初めてである。以前、人から聞いたことを思い出し「なるほどなぁ」と同感していた。
 初めての酒だというのに、先輩に引っ張られあちこちの酒場をはしごしていった。
 やがて、記憶は途切れ途切れとなり、夢と現実の境目が消えていった。


「あんた、あんた、看板よ。」と背中を叩かれ、ようやくカウンタにうつ伏していた事に気が付いた。頭を上げ、辺りを見回す。
 声を掛けたのはこの店の若くて美人の女主人だった。
 彼女以外に人影はない。
「せ、先輩〜??」
 もつれる舌で呼んではみても先輩の返事はない。
「ケンちゃんならとっくに出ていったわ。あんたの事はわたしが面倒観る事になっているから心配しないでネ。立てる?」
 フラフラしつつも立ち上がった僕を彼女は脇から支えてくれた。
「これじゃぁ、とても一人で帰れないわねェ。あたしのマンションにでも泊めてあげるしかないわネ。すぐそこだからがんばってねッ」
 言われるままに、僕は歩きだした。
 外は雨が降っていた。彼女の差す傘の中、よたよたとではあるが彼女に支えられてなんとか歩く事が出来た。
 もうすぐそこがマンションの入り口という所まで来た。その入り口の手前に大きな水溜まりがあった。わざわざ遠回りすることもない。大きいとはいってもそれ程ではない。
 僕は彼女の傘の下から出て、その水溜まりを飛び越そうとした。
「あっ、駄目!!」
 彼女の制止も間に合わず。走り出した僕の足は途端にもつれ、飛び越すどころかそのまま水溜まりの中に真っ直ぐに倒れ込んだ。
 バシャ〜ン!!と派手な音を発てて、体の前半分が水に浸かった。
 立ち上がろうとして、足を滑らした。今度は仰向けに倒れ込んだ。
 再びバシャ〜ン!!と派手な音がした。
 距離があった為か、彼女にその飛沫が掛かることはなかったが、僕は前後まんべんなく泥水に浸かってしまった。
 水溜まりの中であぐらをかいていると、ようやく頭がはっきりした。と、同時に下半身が下着まで水を吸い込んでいるのを認識した。

 彼女の部屋に入るなり、着ている物を全て引っ剥がされた。一糸纏わぬまる裸になり、彼女に導かれるままバスルームに放り込まれた。頭がはっきりとしたとは言っても泥酔していることには変わりない。自分から体を動かす事などさっぱり忘れてしまっている。
 ぼー、と立っている所へ脳天から熱い水滴が降り注いだ。
 彼女も服を脱いでバスルームに入って来た。シャワーヘッドを手に取り、僕の体に付いた水溜まりの泥を丁寧に洗い落とした。キュッと音を発てて栓が閉まると、今度は白い泡に全身を包まれる。再び栓が開いて石鹸を洗い流す。
「あんたって本当に綺麗な肌をしてるのねェ、うらやましいわァ」
 そう言いながら、彼女は頭のてっぺんから爪先まで丹念に僕を洗い清めた。
 降り注ぐシャワーの冷たい水が僕の体内からアルコールを消し去ったが、僕の頭は再び朦朧としていった。


 どこからが夢だったのだろう?
 判っているのは、彼女に抱かれた時にはもう夢うつつだった。
 シャワーを終えると二人はそのままベッドルームに直行していた。
 僕は彼女に指示されるまま、ベッドの上に横たわっていた。
 その上に彼女が四つん這いで伸しかかる。
 彼女は僕の腹に顔を埋め、その巧緻な舌先で臍の周り舐め始めた。
 それは臍に始まり、腹全体、胸、腕、指先と舐め回す。僕をうつ伏せにさせ、背中から臀部へと降りてくる。舌先がアヌスをつつく。
 足の方も爪先まで余すところなく丹念に舐め回す。
 再び仰向けにもどし、陰部を舐め回す。そこは先程剃り上げられ、すべすべの地肌が曝け出されている。敏感になった肌の上をざらざらの舌が通り過ぎてゆく。僕の逸物はびんびんに硬くなっていた。
 舌は身中線を遡って喉を通過する。
 彼女は身体を密着させてきた。が、いきり立った逸物には一切触れさせない。
 顎、耳の裏、目の周り、鼻の頭と舐め進んでくる。
 一呼吸置いて、身体を更に密着させてから、彼女は彼女の唇で僕の唇を塞いだ。
 その閉ざされた唇の隙間から、彼女の舌が強引に割り込んでくるのだ。
 その舌は単なる「舌」ではなかった。
 生娘に男の逸物をくわえさせるが如く、「それ」は僕の中に割り込んでくる。
 僕にとり「それ」は男の逸物そのものだった。僕は男のものをくわえている。
 口の中は「それ」の容量に溢れんばかりである。喉を一杯に広げて受け入れる。
 僕には抵抗できなかった。生娘のように甘んじて「それ」を受け入れるしかなかった。
 僕は彼女に犯されていた。犯されながらもその快感にうち奮えていた。その快感はすでに男としてのものではなかった。自分を生娘と同一視した時、主客は転倒していた。
 口を塞がれ、出る所を失った呻き声が僕の頭の中に響きわたる。それはいつもの僕自身の声よりも1オクターブ高い女の声だった。

 彼女の舌で何度も果てた後、彼女は舌を抜き腰を移動させてきた。
 今度は、足を使って僕の両足を開かせる。その間に彼女の腰が割り込んでくる。お互い全裸で絡み合っている。彼女の腰が僕の股の間に密着する。互いの秘部が重なりあう。
 づん!!と下腹部が突き上げられた。
 何かが、僕の下腹部に突き刺さっている?
 彼女が腰を動かす度に、僕を貫いている「それ」が内蔵を圧迫する。じっとしていると「それ」がドクドクと脈打つのが判る。「それ」の持つ暖かさを感じる。
 しかし、「それ」は何なのだろう?
 もしかしたら?
「それ」は本来僕の物で、僕が彼女を貫いていなければならないものなのでは?
 いつのまにか僕のものが彼女に奪われてしまったのでは?
 彼女の腰には今や彼女の物となった僕の逸物がそびえ立っているのだ!!
 僕の胎内で彼女の逸物が暴れまわる。
 僕は身体を弓なりに逸らせ、逸物を奥へ奥へとくわえ込む。
 彼女の舌が僕の胸を舐め回す。硬くなった乳首に歯を立てる。
 唇から歓喜の嬌声が迸る。
「あ〜〜〜〜〜〜んU」


 朝、目が覚めた。
 ピンクのカーテン・ぬいぐるみ・水玉のプリントされた毛布が次々と目に入ってきた。そこは女性の部屋だった。「ここはどこだ?」自分の部屋でない事は確かである。
「何でこんな所にいるのだろう?」次第に記憶が戻ってくる。昨夜の情景が頭の中に浮かんでくる。昨夜は先輩と飲み歩いていた。酔いつぶれた僕は置き去りにされてしまった。店の女主人が介抱してくれた。彼女のマンションに連れられてきた。シャワーを浴びた。そして、ベットの中でのめくるめくような恍惚感。……どこからが夢だったのだろう?
「あら、目が覚めたの?」
 彼女の声だ。
「ごめんなさい、あなたの服を洗濯している所なの。」
 そう言えば昨夜は雨の中で転んだ拍子に水溜まりにどっぷりと浸かり、全身泥だらけになったはずだ。もそもそと起き上がる。昨夜の記憶のままに僕は全裸だった。
「風邪ひくといけないから服を出しておいたわ。」
 昨夜は下着まで濡れていたはずだ。彼女の言うとおり、このまま裸でいる訳にはいかない。見ると枕元に綺麗に畳んだ服が置かれていた。
 手始めに、その服の山の一番上のものを掴み、引き寄せた。
 すぐに気が付いた。それは女性用の下着だった。
「サイズは丁度良いはずよ。」
 むろん、女性の部屋に男性用下着がある訳もない。つまり、これを履くしかないのだ。彼女もそのつもりで置いている。裸でいる訳にもいかず、僕はパンティに足を通した。
 彼女の言った通りサイズは丁度良いが、やはり女物である。ビキニではないのではみ出る事はないが、前がもっこりと盛り上がるのは仕方がない。
 続いて服の山に手を伸ばすと、ブラジャーが引っ掛かった。
「?」何のためにこんなものまで用意したのだろうか?
「ブラジャーの着け方が判らないなら手伝ってあげるわ」
 すかさず、彼女の声が飛んでくる。彼女も承知して用意したのだ。
 何かおかしい。良く見ると、その服の山には女性用の衣服が一式揃っていた。それも、ジーンズやTシャツといった男女兼用、あるいは男が着ても違和感の少ない衣類の類ではない。最も女っぽい、女性らしさを強調するようなコーディネイトだ。その極めつけはフリルのいっぱい付いた白いワンピースだった。
「これを着るんですか?」
「そうよ、あなたはわたしの用意したものを着なければならないのよ。それだけじゃないわ。ここはわたしの部屋。この部屋にいる限り、あなたはわたしのどんな命令にも絶対服従しなければならないのよ。」
 命じられるまま、僕はブラジャーを着けた。フロントホックなので着けるのには不自由しなかった。だが、なにせ男の胸である。カップはくしゃくしゃに潰れてしまっている。しかし、そんな事で頭を悩ませる必要はなかった。僕は彼女の命じるがままにしていれば良いのだ。全てを無視してパンストを履いた。最後にワンピースのファスナーを上げてもらい、ようやく一式を着終わった。
「可愛いわね。」と、着付けをチェックし終えた彼女に言われた。が、男が可愛いと言われても何の自慢にもならない。まして、女装した姿など他のだれにも見られたくはない。

「じゃあ、こっちに来て。」
 彼女に引き連られて化粧台に座らせられた。彼女は化粧箱を開いて僕に化粧を始めた。鏡を背にして座っているため、どんな事をしているのかは分からない。彼女の指がクリームを塗りたくった顔面をマッサージする。刷毛が頬を撫でてゆく。
「目を閉じて。」
「口を少し開いて。」
 次々に発せられる彼女の命令に従って顔の筋肉を強張らせる。
 化粧が終わると、彼女は僕の後ろに廻った。
「これから、あなたに魔法をかけるわ。」
 膝立ちの姿勢で脇の下から腕を回し、掌を胸に当てた。肘をまげ、両腕でぎゅっと抱きしめられる。背中に彼女のバストが当たる。更に力を入れて密着させる。ワンピースの布地の上から掌がピッタリと吸い付く。
 そしてなにやら呪文を唱え始めた。
 彼女の掌が次第に熱くなる。
 3分程たったろうか、彼女の呪文が止み、掌が離れていった。
 するとどうだろう。
 皺くちゃだったワンピースの胸の布がピンと張っているではないか!!
 布が縮んだのではない。僕の胸が服に合わせて盛り上がったのだ。
 ブラジャーがしっかと肉塊をホールドし、肩紐がその重さに食い込んでくる。
 こんな事がありうるのだろうか?
 彼女はブラシを手に取って、僕の髪の毛を梳き始めた。
 今度もなにか呪文のようなものを呟いている。
 ブラッシングの度に髪の毛が伸びているようだ。
 これも「魔法」なのだろうか?
 すぐに肩まで垂れてくる。
 髪の毛がさらさらと音をたてる。これが俺の髪か?
 背中の中程で綺麗に切り揃えられた。
 彼女は鋏を置くと、僕の両肩に手を掛けてスツールの上をぐるりと半回転させた。
 と、化粧台の三面鏡に可愛い女の子が写っていた。女の子とはいっても10代のガキじゃない。成熟した「女」を感じさせる娘だ。
 白いワンピースにふっくらとした胸がセクシーで、僕の下半身は素直に反応していた。
 女の子の隣に彼女がいた。
 彼女は女の子の肩にそっと手を置いた。
 その動作に合わせて、僕の肩に手が置かれるのを感じた。
 そうだ!!鏡の中の女の子は僕だ!!
 白いワンピースを着せられ、化粧をされ、魔法をかけられた僕自身だ。
 自分自身に興奮して反応を示した下半身に幻滅を感じた。が、女の子が僕自身だと分かった今でさえ、下半身の憤りは一向に解消しそうもなかった。それほどまでに鏡の中の女の子は可愛らしく、セクシーなのだ。
 憤り立つ恥ずかしさにもじもじと腰を動かす。
 そんな僕の考えを見透かしたかのように、彼女の命令が飛ぶ。
「立って!」
 彼女の命令には逆らえない。
 立ち上がると下半身の憤りが目の前に晒される。
「なんなの?このテントは?」僕の逸物がスカートの生地を押し上げている。気を静めようとあせればあせる程、どんどん硬度を増していくようだ。前を見ると鏡の中で立っている女の子のスカートも変に張り出している。倒錯した感情に更に硬くなる。
「こっちへ来なさい。」
 再び歩かされ、ベットの端に座らされた。
 そのまま仰向けに倒すと、バッとスカートをめくりあげた。
「イヤッ」
 思わず声をあげていた。
 いつの間にか女の感情が芽生えたのだろうか?声のトーンも変化しているみたいだ。彼女は一切を無視して、パンティーに手を掛けるとパンストと一緒にぐいと引き下ろした。
 僕の逸物が剥き出しとなった。反射的に僕は両手で顔を隠していた。
「女の子にはこんなものいらないわよね。」
 そういって柄の部分を握りしめるとスポンと抜き取ってしまった。

 コンコンとドアをノックする音がした。
「誰?」
「俺だ。」
「ちょっと待ってて。」
 短い会話の後で、彼女は僕の身支度を整えると僕を従えて扉に向かった。
 ガチャリとドアを開けると、そこに先輩がいた。
「どお?」
「ばっちりよ。」
 先輩は差し出された僕の前に立ち、しげしげと眺めた。
「さすが君は一流だね。彼…いや彼女を連れていってもいいかな?」
「いいわよ。あとで請求を回しておくから。」
 先輩は僕の腕を掴んでぐいと引き寄せた。
 先輩の顔がクローズアップしてくる。
 唇が交わった。
 ガーン!!と脳天から痺れが走った。
 身体中から力が抜けてゆく。
 がくがくと膝が崩れる。
 そんな僕の腰に腕を回して先輩が抱き止めてくれる。
 先輩と体が密着する。そこから彼の温もりが伝わってきた。
「いこうか?」
 先輩が耳元で優しく囁く。
 僕は俯いて「ええ」と答た。



「…おい、行くぞ!!」肩を揺さぶられ、まどろみの中から現実に引き戻される。
「起きたか?」先輩の掌が僕の肩を叩く。
「出るぞ、帰れるか?」僕はふらふらと立ち上がった。
「これじゃぁ帰れそうにないなぁ。タクシーでも拾うか。」
 先輩は心配そうな顔で覗き込む。
「ホテルへ…」と僕。
「泊まるのか?その方がいいかも知れないな。」
 はしご酒が僕の意識を混沌とさせていた。

 ドスンとベットに放り出され、再び現実に引き戻された。
「俺はこれで帰るからな。」
 そう言って出て行こうとする先輩の腕に僕はいつの間にかしがみついていた。
「おい、その手を放せよ。」
 彼の困った顔も中々素敵だ。夢だって現実だってそんなものどうだっていいじゃないかと思う。素直になればこんなにも幸せな気分になれるのだ。
「一緒にいて…」彼にすがりつく。
 やっぱり今夜は抱かれていたいの。
 この人に……

−了−


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