真っ赤な真珠は…



 わたしの手の中にある二粒の真っ赤な真珠

……あの娘の耳に飾るため、銀色の金具を付けている。



 虚無の宇宙空間を航きながら、わたしは掌にふた粒の真珠を乗せ見つめていた。
 遠い昔、わたしの愛した娘を想い出して涙ぐむ。
 やはり、何もない宇宙で一人いると、こんなにもセンチな気分に陥るのだろうか……

 宇宙船乗り(アストロ)には男も女もない。
 家族や恋人などから一切を切離す事が出来て始めてアストロになれる。
 愛するなどという感情はとうの昔に捨ててきたはずだ。

 あの日
 わたしがあの娘にアストロになると告げた日……
 あの頃のわたしは若かった。愛することよりも無限の宇宙に憧れていた。
「アストロになる」
 それは彼女への別れの言葉だった。
 宇宙の放射線に絶えず曝されるアストロには子供を作る事が許されない。
 また、宇宙空間で活動する為に体に加える改造とウラシマ効果で歳を取らない。
 改造によって出来上がった体はもう人間のそれとは大きく異なっている。
 アストロはもう人間ではない。


 わたしは若かった。
「アストロになる」
 そうあの娘に言った。
 彼女がどう思うかも考えずに……

 わたしは立ち尽くす彼女に背を向けた。
 ゆっくりと歩きだす。
 その足が段々速くなり、しまいには駆けだしていた。
 そんなわたしの背中にあの娘がわたしを呼ぶ声が聞こえた。
 わたしは耐えきれず、足を止め、振り向いた。
 あの娘が一生懸命走ってくる。
 わたしの決意が崩れかかった。
 両腕を広げる。
 あの娘がわたしの胸めがけて飛び込んでくる。
 そして……
 悲鳴・警笛・ブレーキの音、それらが一体となってわたしにぶつかってきた。
 ……そしてブラックアウト……

 気が付くとわたしはアストロだった。
 性のない不老不死の半機械人間である。
 わたしの元に一通の手紙が届いていた。
 あの娘からの手紙だ。
「あなたはアストロになって下さい。
 そして、私の分まで生きて下さい。
 そのために、私のすべてをあなたにあげます。」

 忌まわしい事故で、わたしは四肢をもぎ取られ、肉体のほとんどをミンチ状に潰され、わたしという原型を留めるものは何一つないくらいであった。
 が、奇蹟的にも脳が無傷で発見されたのだった。
 彼女の方は全身ほとんどかすり傷ひとつなかったものの、内蔵に大きなダメージを受けていた。彼女は意識を失わず、事態を把握すると、この手紙を書いたのだった。
 これが彼女の遺書だった。


 彼女の願いは聞き入れられた。
 そのお蔭で、あの事故にもかかわらず、わたしはアストロになることが出来た。
 そして、今、わたしは一人宇宙船の中にいる。
 窓を覗くとそこにあの娘の顔が写る。
 彼女は宇宙の闇の中で、優しく微笑んでいる。
 君に渡すはずだった真珠のイアリングはまだ、わたしの手の中です。
 今になって想う。わたしはこの上もなく君を愛していると。
 だから今、君に贈ろう。
 この真っ赤な真珠を君の耳に……
 わたしは真珠のイアリングを手に取ると自分の耳に付けた。
 そして、鏡を見る。
 鏡の中にあの娘が写る。
 彼女の耳にわたしのあげた真珠が輝いている。
「愛しているよ」
 わたしは鏡の中の彼女に口づけをする……

−了−


    次を読む     INDEXに戻る