天国と地獄



 黄色いヘルメットを被ったおっさんが空を指差して何かわめいている。
 つられて振り仰ぐと、女の子が空から落ちてきた。
 彼女は真っ直ぐ俺の方に向かって来る。
 何か行動を起こそうとする間もなく、どしんとぶつかった。


 読経の声に気が付くと、それは俺の葬式だった。
 通夜、告別式を済ませ、俺の体は火葬場の火に供べられてしまった。
 その有り様を逐一観察していると事件のあらましが見えてきた。
 そもそも、俺にぶつかってきた少女であるが、彼女は西村まり子という女子高校生だ。
 大学受験の真っ直中だった。受験ノイローゼの例外に漏れず、彼女もまた自殺を図ったのである。が、彼女がビルの屋上から飛び下りたその時、たまたま俺がその真下を通り掛かったのだった。俺は彼女の落下の直撃を受けたのだった。
 当の彼女であるが、俺が丁度クッションになったのか、病院に担ぎ込まれたものの傷一つ無く、ただ、昏睡状態が続くのみ。俺といえば、打ち所が悪く、その場で即死。現在に至るというわけである。
 やがて、初七日の法要が始まり、とうとうこの世ともお別れの時が来た。
 迎えの者は姿を見せないが、放っておいてもあの世とやらへ行けるだろうと、ゆっくりと目を閉じた。
 その時、
「だめっ!!
 一人でなんか行かせないわ。責任とってもらうんだから。」

 けたたましい女の子の声で、俺はズルッと現実界に引き戻されてしまった。
「な、なんなんだ君は?」
「あたしは、あんたに自殺を妨害された哀れな受験生よ。あたしの自殺を妨害するだけしといて、さっさと自分だけ昇天してしまうなんて許せないわ。行くんならわたしも連れていってちょうだい。それくらいの責任は取ってもらわなくちゃ割りが合わないわ。」
「そんな無茶な…」
「無茶な事ないわ。」
「しかし…」
「そんなら、わたしがあなたの代わりに往かせてもらいます。文句は言わせないわよ。だって、わたしの自殺を妨害したのはあなたなんだから。いいわね。」
 言うだけ言って、彼女はふっと目の前から消えてしまった。
 気が付くと読経も終わり、初七日の法要が終わってしまった。
 俺は、どうやら往きそびれてしまったようだ。
 俺はこの先、浮遊霊として生き?続けなければならないのだろうか。

 そんな事を考えていると、ついついっと体が引っ張られた。
 それは上の方からではなく、南東の方角。つまり、自殺未遂の受験生・西村まり子の入院している病院の方角である。
 彼女は自分の肉体から強引に幽体離脱を行いここまでやって来のだ。まだ死んでいない彼女の幽体と肉体の間は絆で結ばれていたのだ。が、彼女が俺の代わりに昇天してしまったので彼女の引きずっていた絆が切れ、その端が俺の方にひっ付いてしまったようだ。

 それは、たまたま俺が近くにいた為か、彼女の意思によるものか、あるいは、俺自身が時間とともに幽体状態に慣れて霊的な力に敏感に反応するようになったのか。原因はいくつも考えられるのだが、現実問題として絆はしっかと俺と融合してしまっている。
 引っ張る力がぐいぐい強まってくる。
 今までは、彼女の強い意思が彼女の幽体と肉体と引き離していた。
 が、彼女が昇天し、残った絆の端を引き継いだ俺には彼女の肉体から幽体を引き離しておく力(すなわち彼女の持っていたような強烈な意思の力)がほとんどない。
 ビュン!と、引っ張られ、延びきったゴムが元に戻るように、俺の魂はスポンと西村まり子の体の中に収まってしまった。


 目覚めるとそこは病室だった。

 
俺は生き返ったのだ!!

 魂の入れ物はこれまで俺の使っていた物とはまったくちがうが、死んでしまうよりは 「生きている」ことの方がどんなに良いか……

 と、思ったのも束の間であった。

 俺=まり子は受験生だった。退院と同時に、俺は受験地獄に放り込まれてしまった。
せっかく生き返れたというのに、これでは死んでいた方がよっぽどましだ。
 そしてある日、あたし=俺はビルの屋上の鉄柵を乗り越え下を見下ろしていた。
 人影はまばらだった。あたしは意を決して飛び下りた……  (以下繰り返し)


−了−


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