白い密室 −Red−



 あたしはこの部屋に囚われている。
 ここは真っ白な部屋。窓もドアもない。真ん中に大きなベッドが置いてある。全てが白で統一されている。
 色があるのはわたし自身。それも、白いワンピースに包まれていると、瞳と髪の黒色と、唇の赤しか色がなくなる。
 
 あたしは昔、男の子だった。
 この部屋に囚われる前は普通の男の子として学校に通っていた。おトイレでは立っておしっこをしたし、悪友から借りたアダルト本を見ながらオナニーをしたことも覚えている。
 でも、男の子だった頃のあたしの姿は何も思い出せない。どこに住んでいたかも思い出せない。そして、あたしは自分の名前も思い出せなかった。
 
 あたしはここで一日中ぼーっとして過ごしている。
 眠くなるまでベッドの上に横たわっている。
 時々ベッドの下に隠したリュックの中からブーンと音がするが、あたしは何もしないことに決めている。
 いつの間にかうとうとと眠ってしまう。
 そして再び目覚めても、あたしはそのままベッドの上で何もせずに横たわり続ける。
 
 
 
 色がないのを気にし出したのはどのくらい前だっただろうか?
 目の前に垂れ下がる髪の毛以外に、あたしは色を見ることができない。瞳も唇も鏡がなければ見ることができない。いや、あたしの瞳や唇には本当は色など付いていないのでなないだろうか?
 あたしは色を渇望して止まなかった。
 
 色はどこにあるのだろう?
 目に見えるのは髪の毛の黒。そして白いとはいっても、肌にも色はある。肌の色はどこからくるのだろう?
 肌の下には血管がある。血管は赤い血を流す。肌を切れば血が滲む。血は肌を染め、服を染め、床を染め、部屋を染める。そうすれば、この部屋はもう「白い」部屋ではなくなる。
 あたしは白い部屋から開放される!!
 
 あたしは小指の腹を噛んだ。
 痛みより血の紅さに感動する。小指の指先に玉のように膨れあがる。一瞬後、赤い玉が潰れて小指を這い降りてくる。あたしの指に赤い筋が残った。
 あたしはベッドを降りて壁に歩み寄った。白い壁に小指を押しつける。そのまま右手に滑らすと、壁に赤い線が引かれていた。
 
 なにもない空間に現れた異質の「線」
 これはあたし自身が作り出したもの。あたし自身の存在の証。
 ハートを描く。
 花を描く。
 あたしがあたしである証が増えてゆく。
 壁に、床に、あたしはあたしの証を刻んでいった。
 
 
 
 
 部屋が「赤」に染まった。
 これがあたしの証。体中の血を絞り出して描いていった。
 気が遠くなる…
 
 
 
 
 目覚めるとそこは白い部屋だった。
 何もかもが白で統一されていた。あたし自身も白いワンピースに包まれている。
 ドアも窓もない。
 ここは白い密室…

−了−


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