気が付くと俺は犬になっていた。
 何故とかどうしてとか考えられない程アタマも犬並に弱体化していた。
 おいしそうな匂いがすると、自然と脚がそちらに向かう。四本足で歩くことには何の不自由もなかった。匂いは格子窓の向こうから漂ってくる。俺は格子窓に体当たりをしたがビクともしない。それでも他の方法を思い付かない。俺は何度も体当たりを繰り返すのだった。
「ヒロシ〜ッ」誰かが俺のことを呼んでいたが、俺は格子窓への突進を止めるつもりはなかった。「ヒロシ?」やがて親友のカズマが俺を見付けた。「勝手にいなくなるなよな。」そう言ってカズマは俺の首に巻かれたベルトに紐を掛けると、引き擦るようにして俺を格子窓から引き離した。
 
 部屋に戻ると紐は手摺りに縛り付けられた。この紐の長さが俺の行動半径となる。俺は一番出入り口に近い所に踞っていた。しばらくするとカズマが良い匂いのする皿を持ってきた。皿が床の上に置かれる。中にはドックフードが山盛りになっていた。俺はもっと人間的な食事がしたかったが犬の肉体に染み込んだ本能がこれを最高の御馳走であると告げていた。
 皿に手…前足を延ばしたが、首輪に連なる紐がこれを阻止する。
 そこにカズマから「おすわり!」と声が掛かった。俺の意志に反して犬の肉体が反射的におすわりの姿勢を取る。「よしよし」とカズマに頭を撫でられると、俺は無意識のうちに尻尾を振っていた。皿が俺の前に引き寄せられた。すぐにも俺はがっついていた。前足で皿を抱え込むようにして、直接口で皿の中のものを咬え込み咀嚼する。犬の身体ではそれ以外の食事の方法などないのだが、それは人間として大いなる屈辱であった。
 
 
 
 ある日、俺の前にもう一匹の犬が連れて来られた。盛んに吠ているのだが、犬語(?)を解さない俺としては無視を決め込んでいた。すると、その犬は俺に身体を擦り寄せてきた。鬱陶しかったが犬相手に何ができるでもない。そのまま放っていると、その犬は俺の上に乗り上がってきた。
 前足を俺の背中に掛けて折り重なるように身体を密着させた。生暖かいモノが俺の股間に当たった。それは犬のペニスだった。俺が何もできないでいるうちにソレが俺の中に入ってきた。逃れようとしたが肉体が言うことを聞かない。牡犬は盛んに腰を振っている。俺の口からは「くうん、くうん。」と喘ぎ声のようなものが発せられていた。
 牡犬の息が更に荒くなる。そして犬の精液が俺の中に放たれた。
 ヤり終えた牡犬はさっさと去っていった。立ち上がると後足の内側を溢れた精液が垂れてゆく。俺は不快感の元を覗き込んだ。俺は今まで疑いもなく牡犬にされているものだと思い込んでいた。しかし、覗き込んだ股間には先程の牡犬にはあったペニスは存在していなかった。犬の場合、人間のように二本脚で立って用を足すことがないので、そこにペニスが存在していないなどとはヤられるまで考えもしなかった。
 現実に、俺の股間にはペニスはない。そして牡犬がペニスを突っ込んだ先が肛門でないことは確かだった。結論として導き出されるのは、俺の牡には存在しない器官に大量の精液をぶち撒けられたということだ。俺は自分の肉体の中に膣があるところを想像した。その先には子宮があり卵巣があるのだ。今しも生存競争の中で牡犬の精子が俺の卵子に向かって殺到しているのだ。
 途端に下腹部・子宮の辺りが熱くなる。胸がむず痒い。「くうん♪」と再び俺の口から艶かしい喘ぎ声が漏れていった。
 
 
「どうだった。良かっただろう?犬のSEXも。」カズマがやってきて言った。俺は言い返そうにも言葉を発することが出来なかった。「そう唸るなよ。不満だったらもっと絶倫のヤツを連れてきてやるよ。」俺は「わんっ!!」と怒りの吠声を上げていた。カズマは慌てて退散してゆく。一人(匹?)残された俺は発現した牝犬の疼きにじっと耐えていた。
 
 結局、俺は一匹の牝犬でしかなかった。いくら俺が抵抗しようとしても牡犬に後ろを取られると、牝犬の肉体が簡単に屈服してしまう。やがて肉体が俺の脳に影響を与え始める。快感に浸された脳は俺に歓喜の艶吠を上げさせる。自ら牡犬のペニスを呼び込み、精液を子宮に送り込んでゆくのだ。
 
 妊娠が確認された。
 
 俺は犬のこを孕んでいるのだ。
 胎児がせいちょうするにつれ、
 だんだんしこう力がなくなってく。
 人げんのことばがわからない。
 だっていぬなんだもん。
 おなかがすいた。
 ごはんちょうだい♪
 
 
 
 
 
 その日、牝犬は五匹の仔犬を産んだ。
 
 
 

−了−


    次を読む     INDEXに戻る

0