カクテル



「まったく・・・なんでワシが」
脂ぎった顔。
たるんだ腹。
寝癖とフケだらけの髪。
これぞオヤジといった風貌の男は、ひとりブツブツ言いながら駅前を歩いていた。
「この歳でリストラかあ・・・」
重たい足取りで歩く彼は、ふと目線を向けた先にあるものに足を止めた。
 
 それは地階に降りる階段だった。シャッターの脇にまるで彼を誘うかのように開かれていた。
覗き込むと、扉の前でネオンサインが輝いている。
 彼はふらふらと階段を降り、扉を開けた。
 数少ないテーブルは若いカップルで埋まっていた。カウンターの向こうには美人のバーテンダーがシェイカーを振っていた。彼は、あまりにも場違いの雰囲気に背を向けようとした…
「どうぞ、こちらへ。」
 透き通るような声に引かれて、彼はカウンターに腰を降ろしていた。
「この店はそれを必要とする人に開かれています。貴男の悩みは私のカクテルで癒されます。」
 彼の前にグラスが差し出された。彼女のシェイカーから真っ赤な液体が注がれた。
「どうぞ癒されて下さい。」彼はグラスを手にした。
「そうだ、なんでワシだけが…」彼はボソボソと呟いていた。
 グラスの液体を一口。嘗めただけで身体中がかっかと火照りだす。
「みんなワシと同じになれば良い。」彼は一気にカクテルを飲み干した。
 
「うぉー!なんだ、これは?」「うそぉ〜、いや〜ん」男の声とオネエ言葉がハモッている。
 彼が振り返ると、テーブル席にいた若い男女の姿が一様に変わっていた。
 脂ぎった顔。たるんだ腹。寝癖とフケだらけの髪。これぞオヤジといった風貌。
 服だけはそのままで、みんなオヤジになっていた。カウンターの中に視線を戻す。バーテンダーは姿を消していた。その向こう、ボトルを並べた棚のガラス扉に彼の姿が映っていた。
 それは、見慣れたオヤジではなかった。セーラー服を着た女子高生がそこにいた。
「お姉ちゃん、いけないなぁ。そんな格好でこんなお店にいると…」
「悪いオジサンに食べられちゃうぞぉ〜」
 
 彼は逃げだした。階段を駆け登る。暗い通りの中でポツリと明かりが灯っていた。
 ラーメンの屋台だった。「た、助けてくれ。ワシには何がどうなっているんだか…」
「お嬢さん。それはアンタが悪い。」屋台の店主が振り返った。
「夜中にひとりで出歩いていると、こんなオジサンに食べられちゃうぞ。」
「そ、そんな〜〜」振り向いた店主の顔もまた、オヤジだった。
 その場にへたり込んだ彼は、

図らずも女の子にしか出来ないぺったんこ座りになっていた。



−了−

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