ミッション1



 宇宙は広い。鈍速の貨物宇宙船に乗っていると、よく実感できる。
 旅客船なら1日で済まされるところも、経済性を重視すると数十日を掛けて航宙することになる。もちろん自動化され最小限の乗組員で操船することになる。極論を言えば乗組員は一人いれば済んでしまう。しかし、貨物船の航海は長期に渡る。空虚な宇宙のただ中で孤独に耐えられる人間はなかなかいない。従って、通常は2〜3人の集団を組んで孤独を紛らせるようにしている。
 貨物船は経済性を重視する。我が社のオーナーはこの複数乗組員制に目を付けた。宇宙船一隻につき乗組員は一人として、そのパートナーは人間ではなく超高級のアンドロイドを購入し割り当てていった。ロボットなら給料がいらない。それ以上に、人間ではないので飲み食いをしない。その分を積み荷に割り当てられると言うのだ。
 オーナーの思惑は見事に当たった。相手がロボットであれば人間関係のトラブルも起こりようがない。超高級のアンドロイドであるので会話には不自由しないし、仕事は正確である。業績は上向きに転じていった。しかし、相手がロボットということで乗組員達はその欲求をストレートに放出してしまう傾向があった。それは次第にエスカレートしていった。ついには彼らの性的後始末まで押し付けるようになっていった。そして乗組員達はオーナーに直訴した。「パートナーは可愛い女の子の方が良い」と…
 
 
 俺の相棒は逞しい黒人男性のビルからヤンキー娘のリンダとなった。
 とは言っても外面が変わっただけで中身はそのままだった。口調は違えども言うことは全く同じであった。そもそもビルの記憶を継承しているので俺の癖から行動パターンまで全てを読み取られてしまっている。しかし、時とともにリンダの姿に見慣れてしまうと始めに感じた違和感もなくなっていった。と同時に彼女がビルであったという記憶さえ薄れていった。だが、そう多くの時が掛からないうちに、俺は脱ぎ捨てられた筈のビルのボディに再会することになるのだった。
 宇宙港を発ち管制圏を出た所でリンダが声を掛けてきた。「キャプテン。オーナーからメッセージが届いています。」振り向くとリンダの手には命令書が握られていた。「本船は収益改善計画のモデルケースとして、自立型遠隔操作システムの試行を実施せよとのことです。」突然の命令に唖然としている俺に「細かい事はあたしが聞いてるから大丈夫よ♪」とリンダがしな垂れかかってきた。「さっそく始めるわね。」チクリと首筋に軽い傷みを感じると同時に俺の意識はプッツリと途絶えてしまった。
 
 
 気が付くと俺は椅子に座らされていた。「キャプテン、気付かれました?」リンダの声がした。「あぁ、大丈夫だよ。」と言って立ち上がった。しかし、何か違和感を感じる。(声?か…)俺は耳を凝らして「あ〜」と声を出してみた。が、これまで自分の声を真剣に聞いたことなどない。判定に躊躇している所にリンダがやってきた。「どうかしたの?どこか故障してた?」リンダが俺の前に立ち首に手を当てた。リンダのつむじが見える。「リンダ。お前、背が縮んでないか?」
 それがキーワードだったのか、今回の計画の詳細が俺の頭の中になだれ込んできた。
 
 今の俺はビルのボディを遠隔操作していることになっている。主観的には、ビルのボディに俺の脳が移植されたように感じるが、実際には俺の脳は今だ俺の肉体の中にある。生命維持カプセルの中に収められた俺の肉体には幾本もの信号ケーブルが繋がれ船のコンピュータと接続されている。俺はこのコンピュータ経由でビルのボディを操作しているのだという。ビルの声帯で出された声、ビルの視点で見る景色、そして鏡に映った自分の姿を見て、改めて自分の置かれた状況を思い知らされる。「大丈夫よ。キャプテンはいつも通りにしていれば良いんだから♪」
 
 そうは言っても今までと全く同じという訳にはいかなかった。なにぶん機械の身体である。まず疲れることを知らない。更に俺とボディの間には船のコンピュータが介在しているので、自分で計器を読むより先にコンピュータが値を通知してくる。効率の良いこと甚だしい。
 と、言うことはそれだけ自由時間が増えることになる。自由時間で何をするかと言えば、もうSEXしかない。リンダを相手に思う存分楽しむ事ができる。のだが… 機械の身体は疲れることを知らない。快感はちゃんとあるのだが汗もかかない。下半身が爆発する感覚はあるのだが何も出てこない。尽きることのない性欲に従って、俺は腰を振り続けるしかなかった。
 
 俺も人間である。さすがに同じ事を繰り返し続けていると飽きがくるものである。そんな俺の愚痴にリンダが反応した。「あたしに面白いアイデアがあるんだけど乗ってみない?」まだ航程も半分に満たない。なんでも良いから試せるものは片端からやってみようという気になっていた俺は「いいよ」と即答していた。
 「じゃあ、やるよ♪」リンダの声とともに俺の目の前にあった彼女の顔が、一瞬でビルの顔に変わった。それだけではない。俺の腹の中で得体の知れないモノが蠢いている。「な、なんなんだ?」そう叫んだ俺の声は、「俺」のものでも、ビルのものでもなかった。リンダが身体を離した。と同時に腹の中のモノも抜き取られていった。俺はリンダの逞しい腕に支えられて体を起こした。
 リンダはビルになっていた。「おいで♪」ビルの野太い声に導かれるように立ち上がった。そのまま肩を推されるように窓際までやってきた。窓は鏡のように部屋の中を映す。そこに一組の全裸の男女の姿も映されていた。ビルとリンダだった。
 
 その姿は数分前と何等変わる所がない。だが、その内側に在るものは全く異なっていた。俺がリンダで、リンダはビルとなっていた。「さぁ、ヤろうぜ♪」リンダは既にビルに成り切っている。いや、リンダは元々ビルだったのだ。ふっと俺の足元から床が消えた。窓に映る姿を見るまでもない。俺はビルに抱き上げられていた。そのままベットに運ばれ、降ろされた。俺の上にビルがのし掛かってくる。「最初は自分から動こうとしない方が良い。身体の方が勝手に反応してくれる。」唇を吸われた。それだけで頭がぼ〜っとしてくる。自分からは何もしない。全てをビルに任せる。初めて経験する受け身でのSEXが始まった。
 ビルの掌が俺のバストを揉みあげる。ゆったりと快感が広がってゆく。「声を出して良いんだよ。」ビルの言葉に釣られて「あん、ああん♪」と、俺の口から艶っぽい女の喘ぎ声が吐き出されていった。ビルの愛撫は功妙を究めていた。この体を隅から隅まで熟知しており、あらゆる性感帯を的確に責めあげてゆく。俺は喘ぎ悶え続けた。気が付くと股間がしっとりと濡れていた。女性型アンドロイドは生身の男性を受け入れることが考慮されているので、愛液が分泌 されるのに不思議はない。しかし、これが俺の身体から出ているということを認識には少なからずショックを伴う。
 「さぁ、脚を開いて。」ビルの指示に従い膝を立て、股間を開いていた。「あぁ良い娘だ。」ビルの声に顔が赤らむ。「じゃあ、ご褒美をあげよう♪」ビルの指が開け放たれた股間に触れた。そして、指先が蕾に接触する。強烈な刺激が俺の脳髄を打ち抜いていった。俺の意識が吹っ飛ぶ。その跡には股間からもたらされる快感に支配された丸裸の本能しか残されていなかった。
 
 
 快感の波に揺られていた。
 絶頂の度に意識が遠くに飛ばされる。
 俺は自分が何者であるかを忘れかけていた。
 
 
 遠くで警告音が鳴っていた。「キャプテン?キャプテン?」とビルが俺を揺すっている。次第に意識が現実世界に降りてきた。「何が起きたんだ?」「生命維持カプセルです。」とビル。それよりも速く船内コンピュータが滋養液循環装置の目詰まりを報告してきた。俺たちは慌てて下着だけでも身につけると生命維持カプセルの置いてある部屋に飛び込んだ。ツンと饐えた臭いが鼻を衝いた。既にビルはカプセルに取り付いていた。ハッチの強制開放ボタンが押し込まれる。ザザーと汚れきった滋養液が床にこぼれる。滋養液にはたくさんの白い塊が浮かんでいた。これがフィルタを詰まらせていたのだ。「キャプテン!カプセルの方は私がやりますから、あなたはご自分の肉体を洗浄してあげてください。」俺は汚れた滋養液にまみれた俺の肉体をビルから受け取ると、シャワー室に運んだ。
 壁に寄り掛からせるように座らせる。シャワーのノズルを手に頭の上から流し始める。最初は離れた所から満遍なくシャワーを当てていたがそこかしこに白い塊−ザーメン−がこびり付いている。俺は大腿の上に跨り間近から洗い直すことにした。ボディソープをたっぷり含ませたスポンジでこびりついた汚れをこすり落とす。当然の如く、背中に手を伸ばせば抱きつく恰好になる。俺のバストが俺の胸に押し付けられるのだ。倒錯した感情が沸き起こる。と同時に俺の下腹部に触れてくるものがあった。身体を離し確かめる。俺のペニスがムクムクと盛り上がってきていた。もちろんこの身体ではない。生身の肉体の方だ。
 俺のペニスは泡の中からしっかりと勃起していた。これまで見たことのない角度から自分のペニスを見ていると思うと不思議な気がする。「ごくり!」俺は大きな音を立てて生唾を飲み込んでいた。 股間が熱くなる。愛液が俺の大腿を濡らしていた。俺は股間を俺の脚に擦り付けるように腰を引いていった。目の前に俺のペニスがあった。俺は躊躇わずにそれを口に含んでいた。刺激を与えるとそれは更に堅くなっていった。これが本物のペニスなのだ。ビルの造り物とは違う。刺激を与え続けるとビクリと大きく脈動し、俺の口の中に精液を迸しらせた。俺はペニスに絡まる白い塊を吸い取り嘗め取って、全てを飲み下していた。
 すかさず下半身が疼きだす。ひくひくと股間も本物を欲していた。俺は再びペニスを刺激し始めた。すぐにもそれは堅くなる。体をずらして俺の中に導いてやった。俺の中に俺のペニスがある。俺は腰を使い刺激を与えてゆく。射精に向かって刺激を高めてゆく。俺の体もまた愛液を滴らせながら、どんどん昇り詰めてゆく。そして、俺の中に精液が放たれた…
 
 
 「キャプテン?」ビルの声に気を取り戻す。俺はまだ俺の肉体の上に馬乗りになっていた。もちろん、ペニスはまだ俺の中にある。「すみませんが、早くその肉体をカプセルに戻さないと危険ですよ。」俺が、どのような「危険」があるのか理解できずにいると、ビルの腕が強引にも俺を俺の肉体から引きはがした。ビルは俺を無視するかのように、俺の肉体を大事そうに抱え上げると足早にシャワー室を去っていった。
 
 俺の肉体は間一髪の所で生きながらえることができた。俺が肉体のカプセルからの切り離しリミットを思い出したのは、俺の肉体がカプセルに繋ぎ直されてから暫く経ってからだった。
 しかし、一度本物を味わってしまうと、もうそれなしではいられなくなる。俺は度々俺の肉体を持ち出しては、本物のSEXに明け暮れている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 もうすぐ最後の航程に入る。俺の肉体に戻らなければならない。俺は名残惜しげに俺の肉体に跨っていた。「きてっ♪」俺はビルにも声を掛けた。背後からビルが近付いてくる。彼の股間もまた逞しさを増していた。ビルが入ってきた。俺の腹の中で俺のペニスとビルのペニスがぶつかり合う。「ああ、ああ、あ〜〜〜〜〜〜」俺はエクスタシーを求め嬌声をあげる。俺の肉体が興奮の最終段階に入っていった。「あっ、あっ、あっ!」俺の方も限界が近い。ビルがフィニッシュの態勢を整えていた。
 
 「☆☆☆☆☆☆☆」
 
 
 
 俺は目を覚ました。視線を下ろし自分の体を見ると、そこには俺の肉体があった。
 「キャプテン。最終航程に入ります。」ビルが計器を読み上げてゆく。「航路クリアー」久し振りの自分の声に戸惑いを覚える。「誘導ビーコンを確認しました♪」リンダが声を上げる。「じゃあ、自動操縦に切り替えてもう少し楽しまないか?」「それはちょっと無理じゃないですか?」「いくらビーコンがあるからといっても管制内航行中はここに居てもらわないと。」「もう少しですよ、キャプテン。すぐにも次の航海が始まります。」「だから、それまで お・あ・ず・け ね♪」
 ビルとリンダが笑い掛けてくる。
 
 
 港が見えた。
 俺はやがて始まる次の航海を想いながら宇宙船を岸壁に寄せていった。
 
 
 

−了−


    次を読む     INDEXに戻る