卒業


 
 卒業式…
 
 あたしの名前が呼ばれた。
 「はい♪」
 と返事をして校長先生の前に歩み出た。
 体育館全体がどよめく。
 皆があたしに注目していた。
 詰襟だらけの列から出てきた唯一のセーラー服のあたしを…
 
 
 
 
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 うちの高校は男子校として認知されているが、正式には共学であり、女子の制服(セーラー服)も校則で定められている。
 ただ、校則では「何れかの制服を着用する」としか書かれてなかった。
 あたしが入学式にこれを着ていった所、ひと騒動が持ち上がったのも懐かしい思い出だ。
 
  
 
 あたしは肉体的には男性であり、入学当初は「僕」という一人称で性認識も「男」だった。
 とにかく、入学初日の騒動で意地になったあたしはセーラー服を着続けていた。
 すると、次第に皆があたしのことを「女子」として扱うようになっていった。
 調子に乘ったあたしも、極力「女の子」っぽく振る舞っていたのも影響したのだろう。
 そのうちに、あたしの中でも「あたし」という一人称が定着していった。
 一年が経ち、二年が経った。何も知らない新入生はあたしの事を本物の女の子と思い、幾人かはラブレターをもらったり、校舎裏で告白されたりした。
 当然だが、しばらくすればあたしが男子である事実が行き渡るのだ。
 (が、それでも付き合いたいと言う奴がたまにいる…そんなに女に飢えてるのか?)
 
  
 
 結局、あたしは三年間をセーラー服で過ごしてしまった。
 勿論その間、私服も女の子向けの物が増えいった。
 休みの日などはお化粧もして皆と遊びに出たりもしていた。
 (彼等は「デート」だと息巻いていたが、所詮男ばかりのグループ行動でしかないのだ)
 しかし、カラオケなどでは必ず女声パートを歌うことになっていた。
 その所為か、普段の声もキーが高くなり、女の子と大差なくなっていった。
 
 毒を食らわば…というか、二年生になった頃から「肌が綺麗になる」というサプリを飲み始めた。
 自分ではそうは思わなかったが、夏休みが明けた時に久しぶりに会ったクラスメイトから「綺麗になったんじゃないか?」と言われ、今も飲み続けている。
 サプリの効果で無駄毛が抑えられるのだが、胸毛や脛毛はおろか、顔の髭さえ生えてこなくなっていた。
 そして、無駄毛が抑えられた分なのか、髪の毛が良く伸びるようになった。
 学校では三つ編みにしているが、校外では様々なアレンジを試したりしてみた。
 
 そして、女の子の服を着ていると、やはり胸のボリュームが欲しくなってくる。
 パットを重ねて何とか形良くすることはできたが、これでは着れる服が限られてしまう。
 サプリの広告に「寝ている間に胸を育てる」などというのがあったので、使ってみる事にした。
 初めはあまり目立つような変化はなかったが、ひと月も経つとはっきりと胸の形が変わってきた。
 これまでは、オシャレの時だけ着けていたブラジャーだったが、その日からは毎日着けるようになっていった。
 その頃には、股間も気になる程には大きくならなくなっていたので、ブラとお揃いのショーツを穿いて気分良くしていた。
 (勿論、学校ではアンスコを穿いている。野郎どもの目の保養など知った事じゃない♪)
 
  
 
 三年目の冬が近づいていた。街はクリスマスで盛り上がろうとしていた。
 しかし、あたしの気分は憂鬱…最悪の状態に近くなっていた。
 単に気分が優れない…だけではなく、お腹の奥の痛みがシクシクとあたしの気分も蝕んでゆく。
 サプリの影響かも?と、しばらく服用を止めていたが、胸の方は順調に育ち続け、乳首も飛び出すようになっていた。
 あまりにも気分が悪いので、授業中だけど席を立ってトイレに向かった。
 個室に入り、便座に座っていると、股間から下痢便ではないが、何かが落ちていった。
 ペーパーで尻を拭くと、血が付いていた。
 「何よこれ?」
 パニックを起こしそうになるが、教室を出る時に誰かが言った品のない冗談が頭の中に蘇った。
 「女の子は生理があって大変だね♪」
 
 この血は経血?
 このところ続いた不快感。肉体の不調。
 符丁が揃ってゆく。
 もう一度、股間に手を伸ばした。
 血が落ちていたのはペニスの裏側あたりだった。
 指先で触れてみる。
 
 皮膚が割れていた。
 幾重にも襞ができ、その中心に「穴」があった。
 血はその穴に発している。
 その穴は「膣口」?
 
  
 
 あたしは股間を綺麗にすると、教室には戻らずに保健室に向かった。
 「どうしたの?」
 担当医は女の先生だった。
 あたしはどう説明して良いかわからず…
 「先ずは診てもらえませんか?」
 とスカートを脱ぎ診察台に上った。
 「あたしの股間が…その…変というか…血が出てきたんです。」
 ショーツをずらし、片足を抜き取って医師に見せた。
 「これって生理でしょうか?そこに出来てるのは膣なんですか?」
 「貴女、まだだったの?高三で初潮は遅い方だけど気にしなくても良いわよ♪」
 と言って、医師は一旦言葉を詰まらせた。
 「貴女、女の子だったっけ?」
 「だから聞いてるんです。あたし、女の子になっちゃったんですか?」
 「とにかく、設備の整った病院で調べてもらいましょう…その前にスカートを穿いて…あっ…」
 医師は慌てて自分のロッカーを開けた。バックの中を探して何かを取り出した。
 「貴女、生理用品なんて持ってないでしょ?あたしのナプキンとサニタリーショーツあげるから使って♪」
 確かに血の付いたショーツを穿き続けるよりは、その方が良いのだろう。
 ナプキンの使い方を教わり、穿き替えている間に医師はどこかに電話を掛けていた。
 「じゃあ行こうか。」
 と医師の自動車に乗せられた。
 行き先は市立病院ではなく、一時間程走った先にある大学病院だった。
 
  
 
 ピンク色の検査着に着替え、検査が始まる。
 着替えも女子更衣室だったが、小水を採るのに男子トイレに入ろうとして「こっちよ♪」と係りの女性に女子トイレに入るように言われた。
 (学校では女子トイレなどなかったし、街では共用トイレを使うようにしていたので、複雑な気分だった)
 
 「腹部のエコーを録ります。」
 とベッドの上に寝かされた。
 クリームが塗られ、機械がお腹に圧し当てられた。
 ぐりぐりと探るようにお腹の上を進んでゆく…
 「ああ、これね。この年齢の女の子の平均からすれば、大分小さいけど、診た限りでは子宮も卵巣も異常ないわ♪」
 そう言われたが
 (それこそが異常なんです。あたしは男の子として生まれたんですよ!!)
 喉には出掛かったが、診察はそのまま続けられた。
 
 一般的な診察は終わったようだ。
 担当医の確認の後追加の検査があるという事で、あたしは検査着のまま、保健医と食堂でお茶を飲んでいた。
 「もし、あたしが本物の女の子になったらどうなるんでしょう?」
 「貴女ならわかっているけど、うちの高校は共学校だから、女子の在籍を拒む事はできないわ。でも、周りが全て男子なので先生方としては考えどころよね。」
 「やはり退学ですか?」
 「学校側からは退学させる事はできないし、高三のこの時期に他の高校に転校させるのも難しいでしょうね。」
 保健医はふうと息を吐いた。
 「貴女、大学はどうするの?」
 「一応、国立で難易度の低い所を狙ってます。」
 「そうよね。貴女が優秀なんで学校も目を瞑っていた節があるものね♪だから、何とかはしてくれると思うの。当然、単位は問題ないのでしょう?」
 「たぶん…」
 「年明けの高三生なんて、授業にならないしね♪このまま自宅待機の可能性もあるわね。」
 「学校に行っちゃいけないんですか?」
 「貴女も気付いているとは思うけど、うちの学校は女子を受け入れる準備ができてないのよ。流石に女子となった貴女にいくら個室とはいえ、男子トイレを使わせられないわ。」
 「あたしは別に構わないけど。」
 「良い加減、貴女も自分が女の子だと意識しなさいね。男に襲われて意に沿わない妊娠なんかして、涙を流すのは貴女なのよ。」
 「妊…娠…?」
 「生理は妊娠できる身体になったという証よ。いずれ貴女も素敵な男性と結婚して子供を産むことになるのよ。」
 「な、何か遠い世界の話しみたいで、現実感に乏しいわ。」
 「それでも、それが貴女の現実なの。ちゃんと意識しておきなさいね。」
 
  
 
 しばらくして担当医に呼ばれた。
 「おしっこはペニスから出てるんですね?」
 と医師に聞かれた。
 「はい。一年生の頃は精通もありました。ちゃんと金玉もあり、オナニーで精液も出てました。」
 「女性とSEXした事は?」
 「ありません」
 「男性とは?」
 「とんでもない」
 「最近はオナニーもしていないんですね?」
 「何か、性的な欲求が失われてたみたいです。」
 医師はあたしが答える度に、カルテに何かを書き込んでいた。
 「貴女の肉体は完全に女性そのものです。DNAの解析を待つ必要がありますが、今は女性として生活を続けられるように準備をしてください。」
 再び何かを書き込み
 「生理痛が酷いようでしたら、沈痛剤を処方します。今は混乱していると思いますので、落ち着いた頃…一週間後くらいに心理試験をやってみましょう。」
 
  
 
 正月が明けると、最終的な検査結果が告げられた。
 要約すると、あたしは元から女の子だったのらしい。染色体も女性型だったようだ。
 学校に報告に行くと、性別の欄が「女」になった学生証と交換させられた。
 「君は今日から正式に女子として通学してもらう事になる。」
 「男子トイレや男子更衣室には立ち入らないようにして欲しい。必要な場合は教職員用を使うように。勿論、男子との不純異性交遊などのないようにな。」
 校長と教頭から、まあ当然の事を言われた。
 あたしも「校則に書かれてましたっけ?」と言わずにはいられなかったが、ここは…
 「わかりました。」
 と神妙に答えておいた。(少しは大人になったでしょ♪)
 保健医も言っていたけど、正月明けの高三生は学校にいても授業らしい授業はない。
 あたしも、たまに顔を出すくらいで、家で大学受験の対策に明け暮れていた。
 
 とりあえず「合格」の通知は受けられた。
 四月からは「女子大生」になるのだ。
 そこには「男」だったあたしを知る人は一人もいない。
 あたしは最初から一人の「女」として見られるのだ。
 まだまだ実感も自信もない。
 三年間「女子高生」みたいな事をしてきたのだが、あくまでも「男子が女子高生のふりをしている」のであって、本当の「女子」だったのは、この2〜3ヵ月でしかないのだ…
 
  
 
 名前を呼ばれた。
 今は卒業式だ。
 あたしは思いでから抜け出し「はい♪」と返事をして立ち上がった。
 
 


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