―― そのペンダントを胸にあて、3つ数えなさい。そうすれば…… ――
私は老人のことばを思い出した。やつらは、じりじりと私を追いつめる。かかとの岩がくずれ、底なしの谷へ落ちてゆく。もう、あとがない。やつらは妙な形をしたピストルを私に向けた。それが、この上もなくぶっそうなことは今までの経験でいやというほど知らされている。やつらはまた一歩、私を囲む輪を縮めた。(ままよ)私は大きくうしろに飛び出した。下はもう奈落の底だ。ペンダントを握りしめ胸に押しあてる ―― 1・2・3 ――
私は大きくはばたいた。落下の速度が鈍る。2度3度とはばたく。私の体は落ちることをやめた。そして上昇を始める。遠くに見た岩場に向かう。そして ―― 私はその場にぐったりと倒れ込んだ。(3・2・1)私の体は元にもどった。どこにもけがはない。これで当分はやつらをまけるだろう。しかし ―― しかし、このペンダントは……私を巨鳥に変えた、このペンダントは……
あれは一カ月ほど前のことだった。私は山を登っていた。道なき道を切り開き、岩壁にしがみつき、天へ天へと登っていった。その時も狭いクレバスをよじ登っていた。突然、大音響と伴に、岩が崩れ、私は落ちてゆく岩に押し流され、岩と伴に下へ下へと落ちていった。
私は山小屋の中で目覚めた。どこにもけがはないようだ。ふとかたわらに老人がたおれているのに気づいた。「じいさん。じいさん。あんたかい、ぼくを助けてくれたのは。しっかりするんだ。」老人はほっそりと目を開けた。「おお、気がついたかい。すまなかった。わしの不注意で……しかし、もう大丈夫だ。君はもう何ともないはずだ。」そのとうり、いくつもの岩にくだかれたはずなのに、私の体にはかすり傷一つなかった。「……すまないが。 こんなことをしてしまったわしが、……君にたのみたいことがある。どうか、このおいぼれのたのみ、きいてはもらえないだろうか……」「いいともじいさん。何んだい?」「これを…」老人の差し出す手には、ペンダントが握られていた。
「これを、もっていてほしい。常に君の体に……これをねらっているやつらがいる。やつらはこれのためなら何でもする……殺人でさえ何とも思わない……しかし、決してやつらには、わたしてはならない……いつも君の体につけていてもらいたい。もし、……もし、どうにもな……うッ!」「じいさん、どうしたんだ。」「もし、どうにもならないようなことになったら……このペン…ダントを…胸にあて……そして……3つ…数えなさい。そうすれば……」「そうすれば? いや、それより、このペンダントをどうすればいいんだ。」「……君が……君がもっていれば……いずれ……いずれ……わかる……だ……ろ……う…………。」
老人は死んだ。私にペンダントを残して……
私はその老人が何者であるか知るすべもなく、私は山を降りた。
やつらに会ったのは、それからしばらくしてのことだった。
やつらは、私のペンダントが、あの老人のもの ―― やつらはこれを〈サイコニウム・ペンダント〉と呼んでいたようだが ―― だと知ると、執拗に私を追いはじめた。やつらのすきをついて遠くへ逃げたものの、しばらくして帰省すると、そこには……… 私の血縁はもとより、私とかかわりのある者のほとんどが、死ぬか、行方をくらましていた。私は再三にわたり、やつらの魔手をのがれたものの、とうとうここまで、というときに、私は、このペンダントに救われたのだった。
私は山小屋にたどりついた。床の上に大文字になり、ペンダントを握りしめた。このペンダント ―― サイコニウム・ペンダントには、変身する力があった ―― 変身できるなら ―― 変身すれば、私を私とわかる者はだれもいない ―― やつらにしても ―― それなら、こんな山小屋にかくれていることはない ―― 町へ降りよう。そしてやつらの正体をあばいてやる ―― このペンダントにかけて………
しかし、そうはうまく行かなかった。
たしかに、逃げるばかりでは能がない。
やつらの正体を見きわめることは重要である。しかし……しかし、もっと重大なことがあった ―― それは ―― 変身すると大変疲れるということだ。長時間変身していると、変身中は何事もないが、元にもどったとき、身動きがとれないほど疲れはてている。体のどこがというわけではないが、そんな時をやつらにつかれれば、ひとたまりもない。とにかく町に降りないわけにはいかない。
食料 ―― この小屋には食料がない。私は変身して買い出しにいった。
陽が西の山の間にかくれようとするころ、二人の人影が山小屋に近づいて来た。
(二人?)(やつらはこんな少人数では行動しない)(誰だろう。今時分、こんな所に……)私は、扉を細く開け、外をながめた。岩かげから二人が出て来た。私は彼らを正面に見ることになった。「は、花村先輩!それに洋子さん?」私は飛んで出た。「先輩〜!」「た、田嶋!やっぱりお前か。」
「田嶋。説明してもらおうか。」小屋に落ちつくと、花村は言った。「俺たしが旅行から帰ってみると、一時的に大勢の人達が死んだり消えたりしている。一見何の関係もないようなのだが、よくよく見ると、そのほとんどが俺の知り合い。そして、まず始めにお前の家族が焼け死んだ。それを皮切りに事件は連発している。調べれば調べるほどお前とのつながりが浮き出てくる。お前と俺の仲だ、当然俺たちも殺されるはずだったが、ちょうどその時に俺はいなかった。だからといって殺られないという保障はない。俺は洋子をつれて街を出た。まずは君に会うために。全てのカギはお前が握っている。そうだな!!」私は今までのいきさつを残らず花村に話した。そしてペンダントを見せた。「これが、そのペンダントだ。」
私はペンダントを胸にあて、3つ数えた。
彼らの目は大きく開かれていた。花村は、私を見、そして妹の洋子をふり返った。私は花村の妹、洋子に変身した。
(3・2・1)私は再び元の姿にもどった。「これが、サイコニウムの力なのか……」花村はそうつぶやいた。
「や、やつらだ! とうとう見つかってしまった。」やつらが、我々の山小屋を発見するまで、1ヶ月とはかからなかった。「と、とにかく逃げよう。」私は洋子の手をとり戸口へむかった。「待て!逃げてもむだだ。この小屋は、完全にかこまれている。お前一人なら逃げきれることもできよう。それとても5分と5分だ。ましてや洋子がいる。俺はどうなってもいい。しかし、洋子だけは。」「じゃあ、このまま何もしないで、ただやつらにやられるのを待てというんですか?いずれにしても僕たちは殺されるんだ。それなら万に一つの……」「田嶋! 落ちつくんだ。何もこのままじっとすわっているのではない。目くらめっぽうに突き進んでも良いことは何もない。計画をたてるんだ。しばらくはやつらも襲ってはこないだろう。そこでだ。、まず敵を知る。やつらの銃の一丁でも手に入れることができれば……」「僕がやろう。銃の一丁とはいわず、やつらの一人、まるごとつかまえてくるよ。」「まるごと?」「ああ」「よし、わかった。まかせるよ。」私は胸のペンダントを握りしめた。 ――
(しめた。あそこに一人だけ。銃はホルダーに納まっている。もってこいだ)
私はスーとそいつの後ろに付いた。おあつらえ向きに、そいつの上におおいかぶさるように木の枝が伸びている。するすると木にはい登ると、私は一気にそいつの上に飛び降りた。そいつは一声も漏らさず、その場にたおれた。私はそのままそいつを包みこむと、小屋まで引きずっていった。
私は再びペンダントに意識を集中した。
(3・2・1)私のアメーバ状の体がそいつの体から離れ、人間の形をとり、私は元にもどった。そして私はその場に倒れた。
最初に飛び込んで来たのは、洋子の心配そうな顔だった。「み、実さん?」「や、やあ。ちょっと無理しすぎたかな。ところでやつは?」「………」洋子は沈黙した。そこへ、花村が入ってきた。
「やつは?」「やつはあやつり人形でしかなかった。 ―― やつらは強大なちからを持っている。お前のつかまえてきた男も、やつらに支配されたあやつり人形でしかなかった。いや、やつらの人間をあやつる力を知ることが出来た、といった方がいいかもしれない。」「人をあやつる?」「やつらは、単なる催眠術で人をあやつっているのではない。もっと高度な技術を用いている。」「ところで、僕のつかまえてきた男は?」「死んだよ。やつは己が捕えられたと知るとその場で死んだ。」
しばらくは、もの音一つすることなく、静まりかえっていた。それを破ったのは花村だった。「やつの銃からもいろいろなことがわかった。それに、やつは銃以外にもいろいろなものを持っていたし……まずは脱出の可能性が見えてきた。」「脱出?」「そう。しかし、そのためには君にも、もう一働きしてもらわなければならない。やつらの銃をもう少し……。」
作戦は開始された。といっても何のことはない。ただの穴堀りだった。私の集めた十数丁の銃を使って……。我々には時間がなかった。十数本の銃を一度にぬすまれたとあっては、やつらとて知らんふりをしているわけにもいくまい。やつらの来る前に1メートルでも先へ進まねばならなかった。
トンネルの中は熱かった。一本の銃では遅すぎる。5〜6本まとめて使う。そのどれもが最大の出力で岩をうがつ。
熱気が銃をこがしはじめる。銃を替えては、また熱を出す。山のすがすがしい空気がなつかしい。
一度だけ、花村は小屋に引き返した。入り口をふさぐためだ。そして帰ってきた花村から、小屋に火がつけられたのを知った。「時間がかせげたぞ。」花村はそう言うと穴堀りのピッチを上げた。
半日堀りつづけた。外は夜の小さな沢だった。冷たい空気を胸一ぱいに吸い込む。「今夜はここで野宿だ。あしたは街に出よう。」
フューン! やつらの銃が花村の足を射った。「先輩?」「兄さん!」私と洋子は同時に花村を見た。「いや、大したことはない。先へ行こう。」無事もないような花村だったが、ともすれば、遅れ、花村との間にかなりの距離が出来てしまう。そんな時、やつらはとうとう我々に追いついてしまった。まずねらわれたのは花村だった。「先輩!」「先に進め!俺のことはかまうな!ここは俺が何とかする。行くんだ!」
花村は、血にぬれた足を引きずって、やつらの前に立ちはだかった。「先輩〜!」私は洋子の手を引き走った。フューン、フューンとやつらの銃が足元の草を散らし、木々をけずる。私たちは走った。と、目の前が開けた。「湖だ!」しかし、一旦は開けた視界も、再びやつらによってふさがれてしまった。
「しまった!洋子さん。右だ!」右に数歩すすんでそれまでだった。ふり返る。そこにもやつらがいた。来た道も追ってきたやつらがふさいでしまった。(全ての道を断たれた今、強行突破しかない。しかし、洋子さんが……)「きゃあ〜!」洋子の悲鳴。やつらはもう目前にいた。洋子を背に私は湖へと近づいていった。(湖に逃げ込めば何とか手があるはずだ。)しかし、それも、洋子がつかまるたびに、やむなく中断された。洋子がつかまるとすぐに助けに飛んでゆく。しかし、救ってはまたすぐに引き離され、洋子と私の間には、やつらの厚い壁が出来てしまった。
「実さ〜ん!」「洋子 ―― !」とうとう私は、洋子の姿を見ることさえできなくなってしまった。やつらは一勢に攻撃して来た。(洋子、必ず助けに行くぞ)私は胸のペンダントをしっかりとつかむと湖に身を踊らせた。
我々は、とうとうやつらの本拠地をつきとめた。しかし、その本拠を前に、我々は散々となってしまった。花村がやつらの銃に倒れ、洋子はつかまり、私は人魚の姿をとって湖底へとのがれた。
3時間、私は体の疲れを取るとともに、暗くなるのをまった。陽がしずみ、月はまだ地平線の下というとき、私は、大きく深呼吸すると、湖底から一気に夜空に舞い上がった。星明りをたよりに、私は、空からやつらの本拠へ乗り込んでいった。
ドアをあけた。その広いホールの中心に、6つのカプセルと、その中の巨大な脳髄を見た。(これがやつらの正体か?)(このカプセルを破壊すれば……)警報が鳴りだした。やつらの手下も近づいてくる。私はあわててホールを飛び出した。2つめの角を曲がり、階段を3階ほど降りる。4つめの角を……
私の飛び込んだのは機械室だった。
(ここを壊せば……)私は手あたり次第に配線を引きちぎった。カチッ!ドアのノブが廻る。私は機械の影に身をひそめた。ドアがあく。(女?)
シルエットは女のそれだった。手に持った銃が不気味に光る。女は階段を降りてくる。暗がりから光の中へ、女は足から入って来た。腰、腹、胸、そして顔が光の中に入った。(洋子!)私はさけびそうになった。しかし、洋子の手の銃と、やつらが人をあやつることを思い出すと、そのことばは、のどにつかえた。手近のボルトをひろうとポイと投げる。カツ ―― ン フュ〜ン
洋子の銃から光束がほとばしった。そしてそれはボルトに命中。(やはり、あやつられている。)私がボルトをもう一つ、カツ ―― ン フュ〜ン
私は素早く洋子の後ろにまわった。「洋子」耳元でささやく。ふり返った彼女の目は、うつろだった。私は急所に一突きした。洋子は私の腕の中に崩れた。「洋子……」私は室の片すみに洋子をよこたえた。洋子の手からていねいに銃をはずすと、機械室を出た。
通路を真っ直ぐに進む。向こうから重武装した男たちがやってくる。そして、すれちがった。連中の中に私を私と知る者はいない。私の中にあった不安 ― 連中が、たがいに連絡をとり合っているかも知れない ― もとりのぞかれた今、私はホールに向かって突き進んでいた。
「洋子!」今通りすぎたへやから声がした。ふり向くとその開いたドアの向こうに花村がいた。(先輩!無事だったんですか?)私のことばは再度のどにつかえた。(壁に耳あり……)「兄さん」私はそういって花村の下へと走った。「洋子 ―― 洋子? その銃はどうしたんだ?」私はそう言われ、あわてて銃を納めた。そして、あたりを見まわして誰もいないのを確かめると、私は左手で花村の口をおさえた。「だまってて」そう言いながら、私の右手には、ペンダントが握られていた。私は右手を、ペンダントを花村の目の前に置いた。
「あとでむかえにくるわね。」私はそう言ってペンダントをしまおうとした。(ペンダント ―― 変身 ―― 変形 ―― もしかしたら ―― もしかしたら傷をなおせるかも ―― )私はしまおうとしたペンダントをとり出すと花村の足にかかった毛布をはいだ。「足を……ちょっとの間だけ……いいわね。」私はペンダントを花村の足にあてた。(イーチ・ニーイ・サーン)私はゆっくりと心の中で3つ数えた……ゆっくりと。 そして…
「大丈夫?立てる?」私はペンダントをもどして花村に言った。ふり返った私の目の前に花村の広い胸があった。
私は花村を見上げた。「大丈夫だ。ありがとう、た…」私はあわてて花村の口を押さえた。「だまってて、お・に・い・さ・ま。包帯を取るわね。」私は花村をすわらせると、ひざまづいて包帯をはずしていった。花村の足には何の跡もなかった。「さあ行きましょう」私がそういってドアに向かうと、その肩を花村の強い腕に押さえられた。「その前に」花村は、私の体を180度回転させた。結局、私は花村と向かい合うことになった。
そのとたん、彼は私の額に唇を押しあてた。「ありがとう。ヨ・ー・コ。さあ行こうか。」花村は勢いよくドアを開けた。
私たち ―― 私と花村は、ホールの扉の前に立った。ここに、やつらの中枢がある。いや、ここにある、6つの脳、それこそが、やつらの全てであると考えてよい。私は銃の出力を確かめた。(最小 ―― 中の人たちは、やつらにあやつられているだけの、普通の人間だ。傷つけてはいけない。)「いくわよ」私は花村をふり返った。「いつでも」「じゃあ、いち、にい、の ―― 」次の瞬間、私たちはホールになだれ込んだ。手当り次第に打ちまくる。人々は次々と倒れていった。銃で、そして素手で。
ホールの中は静まりかえった。かすかに機械のハム音だけが……… そして、声がした。「お前は何者だ。花村洋子の姿をした。お前は何者だ。」「あたし?」私は中央の脳たちに向かって言った。「そう、お前だ。何者だ。」
「あたしは花村洋子よ。」「チガウ!!お前は花村洋子ではない。確かに姿・形は花村洋子だ。指紋・声紋・血液型・網膜パターン・遺伝子鎖に至るまで、お前は花村洋子だ。確かに花村洋子に違いない。しかし、シカシ、しかし…… 脳波パターン。脳波パターンは花村洋子のものではない。お前は何者なんだ。」
(どうしたのだろう。これがやつらの姿なのだろうか)「教えてくれ。お前は何者なのだ。たのむ、教えてくれ。」(なのむ?……)「そう、そんなにあたしのことが知りたいの。じゃあ、教えてあげるわ。」私はペンダントを取り出しながらチラッと花村の方を見た。
彼の銃の出力は最大となっていた。もちろん私の銃も最大にしてある。「いいこと?」私はペンダントを高々と上げた。「3・2・1」二人の銃口からエネルギーがほとばしった。同時に私の体も元にもどった。「さあ、これがわたしだ。」穴だらけになった、やつら ―― 6つの脳に向かって私はさけんだ。「お、お前か ―― サイコニウムか……やはり……サイコニウムの……力は…偉大だ…しかし……しかし…決して……あきらめは…しないぞ……お前の…その…サイ…コ…ニウ……ム………」6つの脳 ―― やつらは死んだ。
「このペンダント ―― サイコニウム。やつらは再びやって来るかも知れない。」私は花村兄妹とともに朝日に向かって言った。「しかし、たとえそうなっても、力を合わせて……」「ペンダントがあれば無敵よ。」「しかし洋子、そして田嶋。俺たちの倒したやつは、まだ下っ端のようなやつにすぎないと思う。これはあくまでも俺の仮説だが、やつらはきっと来る。ここにサイコニウムがあるかぎり。しかし、俺たちは渡しはしない。たとえ次々と強力なやつらが来たとしても……そのために、俺たちは強くならなければならない。やつらを迎えうつためには……」
花村は手に持った銃を昇る太陽に向けた。
フュュュュュュュ〜〜〜〜〜〜〜〜ン