扉



 心の奥底に秘められている、誰にも言えない恥ずかしい想い。
 頑強な扉に巨大な錠前をぶら下げて仕舞い込んでいる。
 親兄弟、親友、配偶者にさえ言えない。
 独り言さえ音にできない。頭の中でその言葉を組み立てるのさえ恥ずかしい。

 悶々と抱え込んだとらうま。

 溢れそうになってはその度に扉を補強する。
 板を渡して釘付けする。
 太いチェーンでぐるぐる巻きにする。
 セメントで塗り固める。

 それでも、何処かの隙間から滲み出てくるような気がする。

 ふと、巨大なハンマーでその扉を中のもの共々粉々に叩き壊してしまいたくなる。
 溜まりに溜まったストレスを一気に開放したくなる。
 全てを叩き壊して平坦にしてしまおう。
 全てを無に帰してしまおう。

 今しも、ハンマーの柄に手を掛け、力一杯振り上げてゆく。

 と、その時奴が話しかけてきた。     「やァ」
 奴の後ろには大勢の人々がいる。     その中には見知った顔がいくつもあった。
 皆、一様に笑っている。         軽蔑するようにこちらを窺っている。
 扉が大きくたわんだ。          扉の向こうでそいつが暴れている。


 「で、皆の前にそいつをさらけ出すのかい?
  ちょっとでも破片がのこればみんな知ってしまうよ。
  そいつを綺麗サッパリ叩き潰せるのかい?
  みんなの見てる前でそれが出来るのかね?」

 奴の顔がどろどろと溶けだす。
 顔だけではない。身体全体が溶けて、別の姿に変わろうとしている。
 何になろうとしているんだ?
 「お前の思っているとおりだ」と奴が答える。

 ヤメロ!!!!

 手にしたハンマーを振り降ろす。
 目標は変更した。
 ベシャリ!!
 奴が潰れた。

 それと同時に奴の後ろにいた人々が消えた。
 辺りは闇に包まれていた。
 扉に掛かった錠前を点検する。
 ほっとして扉の前を離れる……

−了−


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