ブラック・バック

   虚空の柩



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 宇宙の運び屋にとり、ほとんどの航海は退屈なものである。
 だが、全ての航海のうちのコンマ何パーセントかには、スリルと興奮に彩られた活劇譚に題材を与える出来事がある。
 この男、〔思念石〕ブラック・バックの場合にはそのコンマ何パーセントの『コンマ』が取れる程に様々なトラブルに巻き込まれてくれる。物書きにとって、大変好都合な人物と言える。
 そうと知ってか、知らずか、今日も鼻唄混じりに愛機『北斗』を駆って漆黒の闇の中を行く……

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「銀経12度の方向に漂流物発見」
 珍しくナビゲーション・コンピュータが情報を吐きだす。
「人工物か?」
 即座に反応を示したブラック・バックの瞳は燗々と輝いていた。
(この、余計な好奇心が彼をトラブルに巻き込むのだが、彼は一向に気付こうとしない)
「現在・分析中」
 カタカタと小気味の良い音を発ててナビゲーション・コンピュータが情報を収拾・分析している。
「途中結果でいい。判っている範囲で答えろ!」
 待ちきれずにブラック・バックがナビゲーション・コンピュータを急かす。
「現在・判明しているのは、漂流物が人工の物体であること・なんらかの構造物の残骸である・機構的には地球文明圏のものと断定できる……
 これ以上は分析の結果を待って下さい。」
「生命反応は?生存者はいまか?」
 あくまでもヒーローでありたいブラック・バックにとってこれは究極の問題点である。
「現在・分析中です。しばらくお待ちください。」
「可能性はあるのか」
「ゼロではありません」
「ならば!」とブラック・バックは『北斗』の進路を大きく逸らして、その漂流物に接近していった。

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「構造物には大型の遷移エンジンの痕跡が認められます。隔壁の形状からGEのタイプ6シリーズを利用していたものと思われます。全体をとりまとめると当構造物は中型の外洋型の客船または貨客船と推定されます。エンジン形式からみて、極最近に難破したものと思われます。センタに照会して、船籍の確定を行いますか?」
「いいや、それには及ばない。とりあえず最近のニュースをアクセスしてこの付近での客船の事故があったか調らべてみてくれ。
 それよりも、生存者の確認が第一だ。まだ、生命反応は見つからないのか?」
「了解・生命反応については未だネガティブです。」
 『北斗』はその漂流物=難破船の目と鼻の先にまで来ていた。
「船名確認・外板のペイントから『アマデウス6世号』と確認しました。センタに照会した所、2週間前に消息を絶ったとの事です。ミ・トウエ星籍の中型貨客船で、乗員14名・乗客68名・搭載貨物24トン。コム=ヤファエイからアトナス星への臨時便でした。」
「積み荷は?」
「ヒューマノイド・ロボットを含む工作機械となっています。全て汎用型で、特殊機器は見当たりません。」
「乗客に著名人は?」
「一般人のみです。」
「では、テロや海賊行為の可能性は少ないな。」
「かなりの老朽船でしたので、金属疲労に伴う崩壊が原因と考えられます。」
「その場合の生存者の可能性は?」
「崩壊はエンジン部分を中心に進行しています。居住区画はその反対側に位置する為、事故時点での生存者の可能性は否定できません。しかし、エンジンがそっくり脱落しているので、その後の生命維持システムが正常に動作している可能性は少なく、現時点での生存者の確率はコンマ02%となります。」
「よし、接舷するぞ。」
 ブラック・バックは電磁アンカーを射出し、『北斗』と難破船を固定した。

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 難破船は中島造船の中型貨物船『NS−300』シリーズをベースに貨客船に改造したもので、長年の改造の積み重ねにより、入手出来た資料では事故時点での船の構造は、かいもく見当が付かない。原則的にエアロックの位置や機構には手を付けていないはずである。が、客室配置や船内を巡るパイプやケーブルの類は元の位置に停まっているはずもなく、新たに敷設されたものについては一切が不明である。強引に切断した壁面に通気ダクトが走っていると、そこから多量の空気が流出し、生きていた生存者も殺してしまいかねない。どこをどう切り開くかは、ブラック・バックの勘に頼るしかない。
 とにかく、用心に越したことはない。と、エアロックに気密パックを張り付け、万一内扉が開放されていても空気の突出は防げるようにした。
 ブラック・バックは気密服に身を包みエアロックの外扉をこじ開けた。

 案の定内扉は開放されていたが、そこに空気は存在していなかった。ブラック・バックは狭いエアロック室を抜け、貨物区画を縦横に走るキャットウォークに踏み込んだ。
 エンジンの止まった船内に人工重力などあるはずもなく、手すりを支点にして浮遊してゆく。眼下には工作機械が事故のショックで軒並み倒されていた。中には係留装置が破損し、天井近くに漂っているものもあった。
「かなりのショックだったようだ。はたして乗客にこのショックが耐えられたろうか?」 心配しても始まらないとブラック・バックは居住区を目指して上層部に進んでいった。

4     


「うっ!!」
 ブラック・バックは思わず呻いた。

 居住区の発電機は正常に動作していたが、そこには空気がなかった。
 事故のショックが老朽船の外壁にいくつもの亀裂を生じさせ、そこから一気に空気が流出したのであろう。恍々と照らされる通路を通り、中央のホールに入った。自動扉が音もなく開くと、そこは『地獄』だった。
 人工重力の切れたホールには乗客の屍が漂っている。それも、単なる酸欠ではなく、事故の衝撃で床や天井、壁や柱、そして人と人とが激しくぶつかり合った結果、折れ・千切れ・潰され・引き裂かれた屍である。
 不気味に折れ曲がり、千切れ飛んだ手足が漂う。
 内蔵をマントの如く広げて、屍が飛んでゆく。
 脳漿に包まれた首が転がる。
 二つの肉体がプレスされ、一つになる。
 後ろからぶつかった人の首が腹から突き出ている。
 胴体が吹き飛ばされ、達磨落としのように胸から上と腰から下がくっついている。
 壁から4本の手足と首だけが突き出ている。
 まさに、地獄だった。

 ホールを取り囲む客室も覗いてみた。
 床や壁が耐ショックコーティングされている為、ホール程の悲惨さはないが通気ダクトが共用されているので生存者のいるはずがない。
 ベットにくるまれて眠るように死んだ人は幸せなのだろうか?

5     


 一通り客室を点検した後、ブリッジに昇った。

 ブリッジもまた、下のホールと大差はなかった。
 もっとも、乗員の絶対数が少ないのと、シートに固定されているのとで、浮遊している屍はずっと少ない。
 また、ブリッジ内は照明を落としているのでそれほど明るくはないが、操作パネルのランプの瞬きが時折不気味な屍を映し出す。
 一部の機器は動作しているものの、エンジンに直結した大部分の計器は沈黙している。
「ん!?」
 ブラック・バックは振り返った。
「何か動いたようだったが…」
 注意深く辺りを見回す。
「!」
 モニターだった。ブリッジの一角、壁面を埋め尽くすモニター群が船内各所を映し出していた。その中の一つに動きがあった。
 ジェットを吹かしてコンソールに辿り着く。
 キーボードを操作して、モニターの映し出している場所を捜し出す。
「食料庫か」
 更に、操作を続ける。
 モニターの画面が流れる。カメラの操作機構はまだ生きていた。
 端からゆっくりとパンしてゆく。
「?」
 何かがいた。
 少し戻して、ズームアップしてゆく。
「人だ!」
 生存者がいたのだ。
 無論、食料庫に動きを認めた時点で生存者の存在は予期出来ていた。
 が、実際に確認出来た事にはまた別の感動がある。
 ブラック・バックは食料庫の位置を確認するとブリッジを飛びだしていった。

6     


「なんと…」
 食料庫の扉の前でブラック・バックは途方に暮れていた。
 ブラック・バックは気密服のヘルメットを締めたままである。
 食料庫前の通路には、空気が無かった。
 ブラック・バックの腕のセンサーがゼロ気圧を告げている。
 このまま食料庫に踏み込む訳にはいかない。かといって気密パックを設置するには通路が狭すぎる。通路自身を密閉するにしても、どこに亀裂があるやも知れない。
 何か良い方法はないものかと思いを巡らすブラック・バックの目にふと、以外なものが飛び込んできた。
 何気なく見ていた食料庫の扉の開閉装置。そのコントロール・パネルに、『真空』の表示があった。
 今まではこの通路の空気漏れを表示しているとばかり思っていたが、よくよく見るとそうではない。この表示は食料庫の内部の状態を示していたのだった。
 その『真空』の食料庫の中に『人』がいたのだ。
「悩んでいても始まらない。」
 どうせ向こう側にも空気がないならと、ブラック・バックは扉の開閉機構を操作した。
「誰かいるのか?」
 声を掛けてみる。
 が、反応は何もない。
 ブラック・バックはブリッジのモニターが映し出した地点に向かった。
 下の貨物区画と同様に、食料庫の中も事故のショックで解き放たれた食品パッケージやコンテナが浮遊・散乱していた。
 ジェットを吹かしてブロックを巡り、モニターで確認した区画に行き当たった。
 そして、そこに男がいた。

 男は気密服も着けずに簡素な作業服で食料品の山から種々のパッケージを引きずり出していた。
「おい!!」
 呼びかけても一向に反応を示さない。(もっとも真空中では声は届かないが…)
 ブラック・バックは更に近づいて男の肩に手を置いた。
 ゆっくりと男が振り返る。
 ブラック・バックと男の目が合う。
「お・お前は…」

7     


 思った通り男はヒューマノイド・ロボットだった。
 そのガラス玉の電子眼が全てを物語っていた。
「…周波数を同調させました。私はP2−J万能型ロボットです。」
 ブラック・バックの気密服のスピーカからロボットの合成音が届いて来た。
「なぜ、こんな所にいる? 生存者がいるのか?」
 ロボットの答えはYESであった。
 食料庫の片隅にある気密ブロックに子供が二人閉じ込められていると言った。
 長い航海に退屈した子供たちは「冒険」と称して船内を廻っていた。そこで積み荷のヒューマノイドロボットを見つけ動作させてしまった。暫くはロボットのいた倉庫で遊んでいたが、それにも飽きて今度はロボットを連れて船内を廻っていた。
 そして、丁度食料庫の中の気密室で遊んでいた時に事故が起こったのだった。
 幸いにも気密室のシステムは船のそれとは独立していた為、生命維持装置にも支障はなく、窒息せずにいられた。
 そして、ロボットがその論理回路をもって子供たちを気密室から出さず、自ら情報を収拾し、乗組員を始め他に生存者がいない事・他の区画に空気がない事などを確認すると、食料や水を確保して子供たちの所に戻った。それ以降は救援を待ちながら、定期的に食料庫に出ては食料を取ってくる(子供たちは同じメニューを嫌がったのだ)ようになったのだった。
「俺の船が外に係留してある。子供たちを連れて行きたいが、手頃な気密服は用意できるか?それと、食い物も用意しておいてくれ。」
 ブラック・バックは子供用の気密服を手にロボットに導かれ気密室に向かった。

    「たまには子供相手のヒーローもいいか」

                などと、独り言を言いながら……


−了−


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