表裏一体



 朝のラッシュは始めての人間には到底耐えられるものではない。たとえ、隣の可愛いOLと密着し、いけない妄想に時の経つのも忘れかけても……
 そして、今日も寿司詰めの満員電車が東京に向かって走ってゆく。

 災いは何処で起きるとも言えないが、俺の場合は実に呆気なくやって来た。
 突然の急ブレーキに満員電車の乗客の全てが押し寄せてきた。俺は先頭車両の運転席とを仕切る壁に佇んでいた。当然、釣り革に掴まれない人々が態勢を崩し、俺の方へ倒れ掛かってくる。それは俺の近くの戸口にいた人々だけには止まらなかった。その隣の扉付近の人々も倒れ掛かる。また、その隣、その隣と俺のいる先頭車両の全ての戸口で人々が倒れ掛かってくる。その勢いは手すりや釣り革に掴まっていた人々の手をもぎ放し、俺に向かって押し寄せてくる。
 先頭車両1車両分の人々の体重をまともに浴びて、俺の肺はペシャンコに潰れ、息をする事も出来なくなった。もちろん、叫び声を上げようにも、肺から全ての空気が抜けてしまった為、グウの音も出ない。
 そこへ、隣の車両からも人が押し流されてきた。
 俺の乗った電車の全ての人々の体重を一身に受けた時、
 
ミシッ!!
 凄まじい音がした。
 その時、体中の骨という骨は複雑怪奇骨折を起こした。
 全ての関節が裏返り、五臓六腑が押しつぶされ、ぺちゃんこになった。
 それは、アメリカアニメーションのギャグでドアーに押し潰されたマイティーマウス、ローラーカーに引き潰されたブラック魔王そのもの。ポンプで口から空気を入れてもらえない限り、俺は一生ペラペラのペーパーマンで終わってしまう……


 満員電車は再び動き始めた。
 人々は何事も無かったように釣り革を掴み直した。
 ちょっと違うのは、今度急ブレーキを掛けられても大丈夫なように、心持ち両足を広げて立っている事と、もう一つ、急ブレーキの前より若干車内が広くなった事である。
 広くなったのはもちろん、人一人分のスペース…俺の使っていた空間である。

 紙っぺらのように薄く押し潰された俺の事など誰も気付く事無く、電車は次の停車駅に入っていった。


 ドアが開くと、人々の流れに押し流され、ホームへと押し出されてしまった。
 自分がどのような状態になっているか確かめたくもあったので、そのまま流れにのって階段を上っていった。が、いくら流れに任せるとはいっても、後ろ向きのままではどうにもいけない。とにかく半回転しようと身悶えしたが、一向に体が反応してくれない。
 そうこうする内に階段を登りきってしまった。よくもここまで転ばずにすんだと自分自身に関心してしまった。しかし、転ばずに済んだのは自分の力ではない。それよりも、歩こうとしないでも勝手に後ろ向きに進んでしまうのだ。
 止まろうと思っても止まる事が出来ない。
 駅のコンコースは広く、すでに人の流れも緩やかになっている。今は人に流されて動くという事はない。
 だが、俺の体は勝手に進んでゆく。

 何故だ!!

 そうこうしている内にも、体はどんどん進んでいく。
 俺の体は人々の流れから外れていった。
 この駅の事は少しは知っている。この先には改札口はない。この先には構内喫茶店とトイレがあるだけだ。
 近づくにつれ行き先がはっきりしてくる。

 トイレか?

 トイレであれば鏡もあり、今の自分の置かれた状況も少しは判かるだろう。
 不安一杯の俺の心がこれで一息つく事が出来る。
 と、ほっとしたのも束の間。俺は、新たな事態の出現にパニックしてしまった。

 俺の体がトイレに踏み込んだ位置が、少し違うなぁ、と思った直後、ピンクのタイルが目に入った。
 俺の回りはピンク色の壁に囲まれていた。
 女子トイレと認識するより早く、新たな事態が襲って来た。

 目の端に鏡が写った。
 俺の方から見えるという事は、合わせ鏡になっているのだろう。
 真正面に俺の姿を捕らえる事が出来た。
 哀れな程に薄っぺらく、その人の裏面に張り付いていた。
 古い漫画のネタの様に、服に張り付いていたのならばその人もまだ救われただろうに、俺は、彼女の頭の先から踵まで、きれいに一体化していた。服といわず、皮膚といわず、ハイヒールの踵が紳士靴の爪先になっているのは見事に滑稽で、余計に彼女には悲惨な事であった。
 合わせ鏡の向こうに彼女を見ることが出来た。顔面は恐怖に凍り付き、悲鳴が声にならずに喉の底で止まっている。どんな表情をしていても、彼女がよく電車の中で隣合わせになる…あの可愛いOL…その人には違いなかった。
 とにかくこのままでは一目に付く。
 どうやら彼女は思考が停止しているみたいだ。
 この場を離れ、一目に付かない所にいかなければ。
 このままではいつまでも見せ物でしかない。

 俺は足に意識を集中して、この足を自分の意思で動かそうとした。
 
ボキッ!
 先程の再現か?嫌らしい音を発して足が動いた。
 苦痛が全身を走り抜ける。
 それでも我慢を重ね次の一歩を踏み出す。
 
ボキッ!
 またしても、あの音。
 だが、着実に俺の意思で動かす事が出来たのだ。
 そのまま前進する。
 鏡の中の彼女が遠のく。
 一歩一歩冷汗を垂らしながらコンコースに戻る。
 今度は定期券を取り出す為に腕を動かす必要が生まれた。
 
ボキッ!
 またしても、あの音。そして、その音がする度に一つ、また一つと俺の自由になる部分が増えていくのである。

 改札を抜け、タクシーを拾い、俺は古い友人の大木寿人を尋ねた。



「ふ〜む、面白い。」
 一通り話しを聞き終わって、寿人が発したのがその一言であった。
 タクシーの中でもそうであったが、ソファに座っていると背中に何かが当たって座り難いので、硬い椅子に浅く腰掛け前屈みで寿人に向かっていた。背中に当たる「何か」とは最初からわかっていた。彼女の豊満な乳房である。ブラジャーに包まれたそれが俺の体重を受け椅子の背もたれに挟まれ、ひしゃげ、異物として俺の背中が感じるのである。
 寿人はふかふかのソファにどっしりと腰を降ろしてうんうん頷きながら俺の話しを聞いていた。
 大木寿人とは、俺の古い友人の一人である。金持ちの家に生まれ、昔から好き勝手のやり放題。頭は良く、発想がユニークで常に回りの者から一目も二目も置かれていた。医科大へ行ったとは聞いていたが、開業はせず自宅に研究室を構え自由奔放な暮らしをしていると言う。
 『こまった時の大木頼み』
 そんな言葉があるくらい解決の付かない事があると彼に相談したものである。(もっともその回答には突拍子もないものも多かったが……)

「水野君も、良く私の事を覚えていてくれたものだね。君がここに来たのは大正解だよ。日本中、いや世界中さがしてもこの様な事象にまともに関与出来るのは私ぐらいのものだからね。」
 ・・・
 まともねぇ。と、思いつつも彼の言葉にほっとする俺だった。

「じゃ、ちょっと服を脱いでくれないか。もう少し調べてみたいんだ。」
「あぁ」と立ち上がろうとした時、
 
ミシッ!!
 再びあの音がしすると、膝の関節が逆さに曲がり、腕を背中に回してしゃがみ込んでしまった。俺の目には天井が写っていた。
「いやっ!さわらないで!」
 女性の悲鳴が部屋一杯に響き渡った。
「おぉ、気が付いたかね?」
 おっとりと立ち上がると寿人は彼女の肩に手を置き、
「何も心配する事はない。私はこう見えても一流の医者だよ。この男は水野宏志といってごく普通のサラリーマンだ。彼の事は良く知っている。そう変な男ではないから気にしなくていい。」
 寿人は彼女の手を取ってゆっくりと立たせた。
「これは、事故なんだ。非常に珍しいケースではあるが心配はない。私の力できっと元通りにしてあげる。その為にも私に協力してはもらえないだろうか?」
「はい…」
 彼女は弱々しく頷いた。



「まずは、君の名前を教えてもらえないだろうか」
「都築美佐子といいます。」
「OL?」
 大木は彼女をソファに座らせ、自分も向かい側のソファに再び腰を降ろした。俺の場合と違って、彼女はソファに腰掛けても何の違和感も持たない。ゆったりとくつろぐ事が出来る。
 俺はと言えば、その背中となって逆海老の姿勢でソファに腹這っているのだが、不思議な事に一度『ミシッ』なり『ボキッ』なり音を立てて関節がでんぐり返ると、その部分が自分の意思に従わなくなる代わりに痛みや圧迫感も無くなってしまうのだ。

 それでも目は見え、耳も聞こえる。(もっとも目にはソファの背中しか見えないが)
 大木はその問答によって、驚くほど短時間で美佐子をリラックスさせてしまった。

「じゃあ、立って服を脱いでもらえないか」
と言われても、彼女は何のためらいも無く立ち上がり、服のぼたんを外し始めた。

「ふ〜む。これは見事だ。宏志も見るかね?」
 そう言って、美佐子の脱いだばかりの服を俺の目の前に広げた。
 それは、脇の中線を境に男物と女物の前半分づつが綺麗につながっている。その男物の部分は、今朝俺が着て出たグレイの背広そのものである。それが脇の線を境に薄緑色のジャケットと同色のタイトスカートに変わっている。スカートより下では肌色のストッキングがズボンの後半分を埋めている。
「あのぉ、下着もですか?」
 おずおずと美佐子が尋ねる。
「もちろんだとも」
 大木の言葉に素直に従って下着を降ろしていった。
「おぉ、気付かなくてすまなかった。とりあえずこのバスタオルでも巻いておいてくれ。あとで隣の部屋で適当な物を探してもらうが、しばらくは我慢していてくれ。」

 美佐子は受け取ったバスタオルを体に巻付け、再びソファに腰を降ろした。
 その間にも大木は脱いだばかりの衣服を丹念に調査していた。

「あのぉ、お茶でも煎れましょうか?」
 一心に調査を続ける大木はそれでも良いが、たた待っている俺たちには手持ち無沙汰である。痺れを切らして美佐子が立ち上がった。
「これは気付かなかった。お茶ならすぐ入るから椅子に座ってまっていたまえ。」
 振り返りもせずに大木言うと、すぐにドアが開き軽いモーターの音と食器の触れ合うカチャカチャ言う音が入って来た。フレームだけのロボットがトレイの上にカップを載せて近づいてくる。
「好きな物を注文したまえ。」
「じゃぁ、コーヒーをホットでお願いします。」
 するとロボットはウンウン音を立て始めた。豆を挽いている様だ。
「俺もコーヒーを…」
「お前は飲む必要がない。」
「ど、どうして何だ?」
「お前が飲もうとすれば美佐子さんが飲めなくなる。腕は一組しかないんだ。少しは我慢していろ。」
 言われて、「そうか」とも思うが何かはぐらかされた様で面白くない。
 挽きたてのコーヒーの香りが漂ってくる。
 カチャカチャとミルクを掻き混ぜる音。
 コーヒーカップお手に取って一口。香ばしい液体が口の中を潤しているのだろうと思うと羨ましくなる。

 彼女がコーヒーを飲み終えしばらくして、ようやく衣服を調べていた大木が立ち上がった。
 ガチャガチャと近くの資材を動かしているようだ。電動式の器具が音を立てて動き回っている。これも大木の自作した物なのだろう。
「美佐子さん。バスタオルを取ってこのベットの上に腹這いになって下さい。」
 彼女に引きずられるように部屋の中を移動する。彼女が腹這いに寝る為、俺は仰向けになる。この一角は病院の診察室に変わっていた。
「美佐子さんは体を楽にして、全身の力を抜いていて下さい。宏志はこのまま右足を曲げてみてくれ。」
 全神経を右足に集中する。
 駅での事を思い出してみる。
 あの時は簡単とまでは行かないまでもなんとか動かす事が出来たのだが今度はどうにも上手くいかない。
「だめか?」
「あぁ。」
「じゃぁ、お前はそのままで。美佐子さん。左足を曲げて下さい。」
 彼女がやるとスムーズにゆく。
「ふ〜む。」
 しばらく考え込んだ後、大木は美佐子を仰向かせた。
「ちょっと催眠術をかけます。いいですか?」
 大木の掌がひらひらと舞って、美佐子はぐったりとした。大木が手を添えてベットに上体を戻す。
 美佐子の意識が失われると同時にふっと肩の荷が降りたように軽くなった。
「今度は大丈夫だと思う。宏志、もう一度右足を曲げてみてくれ。」
 大木の言うとおり、今度はさほどの努力もいらずに例の音に続いて右足を曲げる事が出来た。
「どういう事だ?」
「あぁ、つまり、この体の主導権はあくまでも美佐子さんにあるという事だ。彼女の意識が無くなって始めてお前の物となる。」
「それで?」
「うむ、お前の体を分離できるまではお前は美佐子さんにくっついている……まあ、鮫のはらに付いた小判鮫だと思っていてくれ。」
「つまり、分離出来るまで俺はこのまま何も出来ずにただ見たり、聞いたりするだけなのか?」
「ちょと違うが、だいたいその通りだ。違いは見る事だが、これからしばらくは、美佐子さんの生活を考えてやらなければならない。頭の後ろにもう一つの顔を付けたままではすまないだろう?そこで、ヘアピースでかくしておく。もちろんお前の顔は黒く塗ってわからない様にする。もちろん喋ってもいけないし、息も止めておくんだ。」
「息をとめる?! そんな事したら死んでしまうじゃないか!!」
「心配はいらん。美佐子さんが起きている限りお前が息を止めても窒息する事はない。美佐子さんが息をしていれば、肺や心臓は共有しているから死ぬ事はない。」
「そういうもんか?」
「そういうもんだ。もう一ついい事を教えてあげよう。」
「なんだ?」
「確信はないんだが、うまくいけばお前が美佐子さんの目を使って見る事ができる。」
「彼女の?」
「そうだ。」
「どうやって?」
「それはこれから説明する。それには美佐子さんを目覚めさせてからだ。」



「それじゃぁ、体を楽にして、目は閉じないで、大きく深呼吸。」
 一通りの検査を済ませて、最後に彼女の目を使って見る実験が始まった。もちろん彼女には検査の一貫と言ってある。
「宏志は目を閉じて意識を後頭部に向ける。」
 言われた通りに目を閉じる。
 意識を集中してゆくが、その先には真っ暗闇が控えているだけだ。
「それじゃぁ、意識を爆発させてみてくれ。目は閉じたままだぞ。」
 言われるまま、見よう見まねでやってみる。
「何か赤いわっかがパッと見えるだけだ。」
「じゃぁ、もう一度意識を集中して、臨界点に達した所でゆっくりとそれを広げていくんだ。じわじわと濾紙に染みていくように、柔らかく、曖昧に……」
 ふっと明かりが見えた。
「肩の力を抜いて……」
 後頭部から頭全体に広がった意識を体全身に広げてゆく。
 彼女のゆったりとした息づかいを感じる。
 ソファの柔らかな暖かさを感じる。
 これは俺が感じているのか?彼女が感じてしるのか?
 さっきと同じ明かりが見えた。
 その明かりの中にぼんやりと何かの輪郭が浮き出てくる。
 意識の波が指先、爪先に広がる。
 線で広がった意識の波が毛細血管を通じて隅々まで行き渡る。
 それが表面から体の奥底にまで行き渡った時、
 シュッ!と膜が落ちたかの様に、一瞬にして輪郭がハッキリする。
「見えます!!」
 叫んだその声にはっと掌が口を抑えた。その声は俺の口…美佐子の後頭部にある…から出たのではなく、美佐子の口から、美佐子の声帯を使って発せられたのである。
 驚いて口を塞いだのは美佐子であったが、この事は新たな可能性を与えてくれた。

 が、大木は何気なく、
「これで、宏志も目に不自由なくいられるな。隣の部屋にヘアピースと服が揃えてある。適当に選んで下さい。結果は明日には出てくると思うので、明日もう一度来て下さい。その結果で治療スケジュールを立てます。」
「わかりました。でも、その前に一つだけ……着替えの時とか、その…見ないように言ってもらえませんか?」
「む? ああ、宏志もそのくらいの常識は持っているよ。安心したまえ。」
 美佐子は少し首を傾げた様だが、大木に礼を言って隣の部屋に向かった。



 俺は顔を真っ黒に塗りたくり、更にその上からヘアピースを被せられて外から一見しただけではそこに人の顔があるのが判からない様になった。なおかつ、外出時にはつばの広い帽子を被ってしまうので、俺が喋ったり、息を吐いたりしなければ絶対にばれる事はない。
 目を閉じ、耳だけを澄ましてじっとしている事しか出来ないでいると、どうしてもストレスが溜まってきてしまう。美佐子との約束で、努めて彼女の目で見ない様にしてはいるが、やはり我慢の限界というものがある。
 しびれを切らして、ついに彼女の目を使ってしまった。
 折しも、入浴しようかと服を脱ぎ始めた所だった。
(言っておくが彼女の入浴シーンを見たいが為にこうなったのではない。単に、しびれが切れたのが、丁度彼女の入浴する所だったのだ。と、言っても信じてもらえない事は充分承知している。事の真偽は読者の想像にお任せするとして、話しを進めよう。)

 美佐子の部屋の脱衣所には壁一面に鏡が張りつけてある。つまり、彼女の所作が逐一鏡に写し出されるのである。それも、顔面や上半身といった体の一部分ではなく、全身がそのまま写るのである。彼女が鏡を見ていない時は、直接彼女自身を見ているのでこれ以上の環境はない。
 スカート、ブラウスから始まって、最期の一枚を脱ぎ捨てるまで充分に見て取れた。
 さらに、全裸となった彼女は、鏡の前で様々なポーズを付けてみせる。体がほぐれるにつれ、そのポーズは次第に大胆になってくる。軽い柔軟に始まって、ヨガの複雑怪奇なポーズまでこなしてゆく。
 体前屈も、立ったままの姿勢から、床に座っての前屈、閉脚から開脚に、開く角度も90度から180度に広げてゆく。
 上体反らしも次第に角度を増して、ついには両足の間から顔を除かせる程に曲がってしまう。
 床の上では、手足を自在に屈伸させ、頭の後ろから足を首に掛けたり、両肩に180度回した足の足首を載せたり……
 こんなにも人間の体が自在になるのかと関心する…より先にその鏡に写し出された淫らなポーズに生唾を飲む…息を止めている為、想像の上で生唾を呑み込んだ。

 美佐子は軽くかいた汗をシャワーで流し、湯船に身を沈めた。
 そして、はっと思い出し、身を強張らした。
「ひ、宏志さん!! 今まで見ていなかったでしょうね?!」
 やばっ!! と思いつつも、
「大丈夫。約束は守っているよ。」
 なにくわぬ顔で返事をするが、美佐子はすぐにも湯船から立ち上がり、一瞬の時も置かずにバスタオルを体に巻き付けてしまった。
 寝室に戻るまでに3枚もバスタオルを交換し、一時もその裸体を晒さずに寝巻き替わりのトレーナに着替えてしまった。
 ぐしょぐしょに濡れたタオルを洗濯機に放り込み、タイマを掛けるて寝室に戻る。
 鏡台の前に立ち、ドライヤーを取り出すと目をつぶって、勘を頼りに髪を乾かしていった。
 彼女に目を閉じられては俺としてもどうする事も出来ない。
 しばらくは神妙にしているしかないようだ。



 夜になり彼女が眠りに就いたのを確認して、俺は俺の時間が来た事を知った。
 彼女の意識がない時に限り、俺自身の体を使う事が出来のである。
 
ボキッ!!
 と、例の音を立てて肩の関節が反り返る。
 反動を付け寝返りを打って仰向けとなる。
 瞼を開けると俺の目が真っ暗の室内を写し出す。
 口を開いて深呼吸する。(もっとも、美佐子の口を塞がない限り、俺自身で呼吸する必要もないのだが、やはり自分の喉を通る空気の感触がたまらなく心地好い。)
 全身に力を入れると立て続けに音を立てて関節という関節が逆曲がる。
 手足が俺の自由になる。目の前で掌を開いたり閉じたりしてみる。
 真っ暗で良く判からないが、自分の掌が戻った事を感じる。
 起き上がり、部屋の明かりを点ける。
 そのまま風呂場に行き、トレーナを脱いで脱衣所の鏡の前に立つ。
 ついさっき、そこには可愛らしくも妖艶な女体が写し出されていたが、今、鏡には俺の姿が写し出されている。筋骨隆々とは行かないが、胸毛、腹毛に包まれた、男の体がそこにある。鏡に近づき覗き込むと、俺の顔があった。一日分の髭が伸び、浅黒い肌に黒炭の残りが所々に浮き上がっている。
 ただ、後ろ半分は美佐子のものであるので、耳の後ろには長い髪が垂れている。鏡に背を向け振り向くと、美佐子の横顔が見える。すやすやと軽い寝息をたて、あどけない寝顔を見せる。
 少し離れて全身を眺める。
 俺の後ろ半分には美佐子が残っている。豊満な乳房、なめらか曲線を描く腰からヒップにかけてのライン、平らな下腹部にこんもりとした恥丘が認められた。
 美佐子の目で見た時は、彼女の背中に俺を示す痕跡が殆ど見受けられなかったのに対して、俺の場合はその後ろ半分にまるまる彼女を残している。やはり、俺の立場上しかたがないのだろうか?

 そして、ふと思い出す。
 最初に美佐子の目を使ったとき、美佐子の声帯から声が出た事を……
 もしかすると、俺の体でなく、美佐子の体をも動かす事が出来るのではないか?
 突飛な発想だとしても不可能として見捨てられるものではない。
 とにかく実験してみる事だ。
 取り合えず、ベットに腹這いになり、全身の力を抜く。
 手足の制御権を美佐子に戻すべく関節を反り返らす。
 
ミシッ!!
 いつもの音を立てて手足が美佐子の物となった。
 次に美佐子の目で見る時の手順で先ず、目を占領する。
 瞼を通して、照明の光が見える。瞼の毛細血管が赤く浮き出ている。
 ここまではいつもの手順である。ここからが本番。先ず瞼を開ける所から始めてみる。
 瞼を開ける筋肉を探し、その周りの俺の意識をだぶらせる。周りからじわりじわりと俺の意識を染み込ませる。こうやって彼女の体を乗っ取ってゆくのである。
 充分に俺の意識が染み込んだ所で瞼の筋肉に刺激を与える。
 ピクピクと瞼が痙攣するのが判る。どうも力の入れ方がまずいみたいだ。
 押したり引いたり、様々な方向からトライしてみる。
 不意にパチリと瞼が上がる。
 眩しい光が目を打つ。
 一度出来るとプログラムされたかのように、2度目以降は何の障害もなく楽に開閉が出来る。パチパチと瞬きをしてみる。
 瞳を動かして部屋の様子を伺う。

 同じ手順を踏んで、今度は腕を動かしてみる。
 目の前に美佐子の白くて細い腕をかざす。
 指も同様に俺の支配下に置く。

 一晩をかけて、俺は美佐子の体を支配下に置いた。
 起き上がり、ベットを離れ、歩けるようになったのは空も白み始めた頃である。
 すぐにでも美佐子が目覚めそうなので、それ以上は何も出来ずトレーナを着て部屋の明かりを消してベットに戻った。



 昨夜の事はどうやら美佐子に気付かれずに済んだ。
 朝は何事もなく、美佐子の裏側で彼女の行動を見守っていた。一人で朝食を作り、食べる。顔を洗い、化粧を済ませる。食器を片付け、身支度を整えると、大木の家に向かっていった。



「原因ははっきり特定出来ないが、君達の体を分離する事は技術的にみて可能だ。」
 もっともらしいカルテを手に、大木が美佐子に説明してゆく。俺は美佐子の裏側で、じっとそれを聞いている。
「しかし、分離装置はこれから組立てなければならないので、あと三日間だけ我慢していてもらえないだろうか?」

 三日で出来るというのは大木だからこそである。これが普通の医者なら三日経っても解決の糸口さえ見つかるはずもない。一晩で解決策を考案し、たった三日で何もない所から新しい機械を作り上げてしまう。それも、たぶん今回一度きりしか使わない物をである。 彼女には辛い三日間ではあると思うが、俺としてはこの荒唐無稽・奇々怪々・空前絶後の状況を充分に堪能するしかない。他の誰にも経験できない、そして俺にとっても一生に一度の特異な体験である。



「それでは明後日に…」
 丁寧に頭を下げ、扉を閉める美佐子の心は手に取るように判った。


 つばの広い帽子を深々と被り、足早に商店街を通り抜けてゆく。
 こんな状況でなければ、ゆっくりとウィンドゥショッピングでも楽しみたくなる町並みなのだが、美佐子にとっては、こんな自分の姿を少しでも人目に晒されたくない。アーケードの下ですれ違う同年代の女性達を恨めしげに眺めながらタクシーに飛び乗った。


 家に戻っても、常に俺の事が気になるのか、何も手につかず、ただぼんやりとソファに座って時を過ごしていた。
 無為の時を過ごし、日が暮れると夕食を作る。
 出来上がった晩餐を一人もくもくと食す。
 食べ終わった食器を機械的に片付ける。
 そして再び無為の時間。
 点けっぱなしのTVだけが時の流れを伝える。

 深夜番組も終わり、ブラウン管にホワイトノイズが現れる。
 しかし、思った以上に目が冴えている。
 これ以上我慢していてもどうにもならない、と美佐子は立ち上がり湯船にお湯を満たした。
「今日はあなたの思い通りにはなりませんからね。」
 俺に聞こえるように一言一言強調して言うと、タオルで目隠しをした。
 やはり、自分の家である。どこに何があるかは覚えている。それも、風呂場に限ってしまえばそれほど難しい事ではない。
 俺も、自分の目、美佐子の目とそれぞれ試してみたがさすがに何も見えない。
 ここまでやられると、何とか裏をかいてやろうと躍起になってしまう。
「これも、美佐子さん。あなたが悪いんです。」
 と、昨夜の手順を思い出す。
 今は、彼女の意識がハッキリしているので、少しでも彼女の体を乗っ取ろうとすれば、たちまち気付かれてしまう。そこで今回は直接彼女の体を乗っ取るのではなく、彼女の裏側にびったり張り付いて彼女の感じる感覚の全て…もちろん目隠しされているので視覚は除くが…聴覚・触覚・嗅覚・味覚までも感じ取ってしまおうと考えた。

 湯船に浸かった時のお湯の暖かさ、湯面の波が肌を打つ感触。シャワーの湯滴が肌を叩き、冷たい水に鳥肌を立てる。泡立てた石鹸、シャボンが全身を包み足の裏をボディーブラシでこする感触。両足、両腕、背中、おなか、乳房とマッサージしてゆく。
 腋の無駄毛をシェーバーで処理する。
 目隠ししたままで良く出来ると関心した。
 マッサージをする掌が下腹部に向かう。
 下洗いの後、お湯ですすいで、再度石鹸を泡立たせ、入念に密部を洗う。
 シャボンに包まれた陰毛の手触り、陰核に指が触れる。
 
ビクンッ!!
 強烈な刺激が全身を走り抜ける。
(これだけの事で、これだけの感触!?
 一体本番ではどれだけの快感が訪れるのだろうか?)
と、いけない妄想に拍車がかかる。



 風呂を出ると、すぐにトレーナに着替える。昨夜の様に幾本ものタオルを無駄にするような事はない。さすがに用意周到である。
 目隠しを取ると鏡の前に座り、基礎化粧で肌を整える。
 改めて二晩目の美佐子の顔を眺める。
 慣れたというか、今では違和感がほとんどない。
 指先で顔面をマッサージしているが、これがとても気持ち良い。
 今朝は、同じ鏡でアートしていく過程をじっくりと見てきたのだが、今回は何の変化もない代わりに感覚付きである。彼女の内側にべったり張り付いている、その実感を充分に堪能出来る。鏡の中の美佐子を見る限りに於いては、その内側に『俺』がいる事などかけらも感じさせない。
 一通りの作業を終えて、美佐子はベットに入った。
 これまでそうとう無理をしていたのか、ベットに入った途端、いままでの目が冴えて眠れなかったなどとは思えない程唐突に、深い眠りに落ちていった。

 それでも、30分以上様子をうかがってから美佐子の体の乗っ取りを開始した。
 昨夜の事もあり、さっきも風呂場で感覚だけとはいえ彼女の内側に張り付いていた為、今夜はスムーズに乗っ取る事が出来た。
 ベットを抜け出して脱衣所に姿見の前に立つ。
 トレーナの上を脱ぎ取る。ノーブラなのですぐさま上半身が剥き出しとなる。
 いそいでトレーナの下に手を掛ける。パンティーと一緒に一気にずり降ろす。
 左右の足を引き出すと、トレーナの中にライトブルーのパンティーがちぢれていた。

 改めて、鏡の中の自分を眺めてみる。
 さすがに毎晩柔軟体操を続けているだけあってウエストにたるみがない。
 昨夜のポーズを思い出し、実際に振り付けてみる。始めのうちはなかなか思い通りに体が動かないが、何かコツのようなものがあるみたいで、一度成功すると後は思った以上に楽々と動いてくれる。
 鏡に様々なポーズを付けていて、どこか昨夜と違う所がある事に気付いた。
 体を大きくひねると背中が写るのは当然であるが、そこに写る『俺』…美佐子の背中にはりついている俺自身…の露出部分が昨夜より少なくなっているのである。
 
まさか?
(まさか、時間とともに俺が美佐子の体に吸収されてしまうのでは?)
 不安に思い、もう一度体をひねった。
 くいいるように背中を見つめる。
 さっきより縮まったような気がする。
 さらに体をねじり、背中に注目する。
 ぎゅっ!と力を入れると、その力に反応して俺自身の露出部もキュッと縮こまる。
 力を抜くと露出部も広がる。
 どうやら露出部の吸収は時間によるものではないらしい。
 もし、美佐子の体の占有率に従って吸収されるのであれば、後頭部にある俺の目を使って見れば今より広がっている筈である。
 視覚を美佐子の体から切離し、俺の目で見てみると思った通り露出部は広がっていた。
 さらに手足の感覚を引っ込めると、それに従って露出部も広がってくる。
 逆に、乗っ取りを進めれば俺の体は完全に美佐子の体に吸収されてしまうのだろうか?
 再び美佐子の体に戻り、あらゆる方向から乗っ取りを試みた。今までは大まかに中枢部だけを乗っ取っていたのだがそれに漏れていた所を探しては俺の意識を注入してゆく。
 当初思った以上に空白の部分があった。
 もう一度点検して、鏡の前に立つ。
 鏡に背を向け体をひねる。
 思った通り、背中には俺の痕跡は一切残っていない。
 腕や足からも浅黒く、体毛のびっしり生えた俺の体は消えていた。
 後頭部に手を当てると、そこにはさらさらした黒髪がびっしりと生え、俺の目鼻は跡形もなく消え去っていた。

 醜い部分のない、綺麗な体となった所でもう一度ヨーガのポーズを試してみる。
 しなやかにたなびく四肢、自在に折れ曲がる腰・股関節。さまざまなポーズが自由に決まる。足が、腕が、自分の思う通りになめらかに動いてゆく。
 人間の体がこんなにも柔軟である事に、自分で動かしてみることによって改めて驚かされる。
 両足を肩幅に開いて、大きく反り返る。床に鼻先がくっつく。今、耳の脇には両足首がある。両手でバランスを取って、さらに頭を突き入れる。
 視線が床面から離れ、姿見に達する。
 180度反り返った自分自身を覗き見る。
 そのまま、両手で体を支え、両足を床から持ち上げる。
 あごと胸と掌を支点とした倒立。
 背面が一望の元に晒される。

 
ん!?
 俺の体の全てが美佐子の体に吸収されていると思っていたが、一つだけ吸収しきれなかったようだ。足の裏からふくらはぎ、ふとももの裏側、腰から背中にかけて俺の痕跡はきれいに拭われていると思っていた。しかし、ただ一つ、尾てい骨のあたりから尻尾の様に赤黒いものが生えている。俺の息子の成れの果て、ぺらぺらに押しつぶされたそいつが、美佐子の尻の間でぴらぴらと揺れている。
 ポーズを崩して鏡の前に立ち上がる。
 尻に手をやると、確かにそいつが存在していた。
 紙のようにぴらぴらと揺れるそれは、尻の間で縮こまっている。

 何とかこいつも吸収しなければ、と思う心の裏側で、こいつが大きくならないか?と考えている自分がいた。
 掌でそいつを玩んでいると、こころなしか大きくなったような気がする。
 実際、鏡に写してみると確かに大きくなっている。ぺらぺらの状態に変わりはないが、確かにそいつは反応し、面積を増している。
 きっかけがつかめると、すぐさまそいつに熱中する性格がただちに行動を開始した。

 しかし、全ての感覚を美佐子の体の方に移しているため、指先の感覚に頼るしかない。そもそも、対象となるものが紙のようにぺらぺらで、刺激を与えるとただ面積を増すだけなのではどうにもならない。硬くなるとか、体積が増すというのであれば指先で感じる事ができるのであるが…
 と、そうでもないようだ。ぺらぺらだったものに、なにかぴんと張るものかある。

 それは、かすかにではあるが脹らみ始めていた。
 脹らめば、そこに何かのとっかかりが生まれる。
 両方の手を後ろに回し、目をつぶり、指先の感覚を最大限に高める。
 先端にくびれを見つけた。
 そのくびれを重点的に責める。
 平面から立体へとそいつは次第に復元されていった。
 細部を含め、そいつは元の姿を取り戻した。
 びんびんにはちきれんばかりに張り詰めたそいつを、さらにしごき上げる。
 そいつは自らびくびくと脈動している。
 熱く、硬く、張り詰めたそいつの膨張が、今、頂点に達した。

 白い粘液を撒き散らして、そいつは果てた。



 翌朝、美佐子はいつも通りの朝食を済ませた後、昨日に続いて無為の時間を再開した。
 明日になれば機械が完成する。それまでは極力なにもしないでおこうと、ただソファに座りまんじりともせず時を過ごした。
 たいくつではあるが、俺の方から手を出せないので、このまま付き合うしかない。


 12時に昼食を取ってしばらくたった時、不意に電話のベルが鳴った。
「美佐子?! 居るんでしょ? どうしたの?昨日、一昨日と無断欠勤して。」
 けたたましい女の声が受話器から飛び出してきた。
 美佐子が答えるより早く、
「今から行くから、逃げるんじゃないよ!!」
 電話の主は一方的に切ってしまった。
「りょ、涼子…」
 美佐子の声はとうとう相手には届かなかった。

 電話からそれほど時間を置かずにドアをノックする音がした。どうやら近くの公衆電話から掛けてきたのであろう。
「美佐子、入るわよ。」
 先程の電話の声と同じである。涼子はかちゃかちゃとスペアキーで鍵を開けるとずかずかと上がり込んできた。
 そして激しい質問攻めが始まった。
 機関銃のようにまくしたてる涼子の質問は拷問にも等しかった。
 始めは黙秘を続けていた美佐子も耐えきれずに、とうとう今回の一部始終を語った。
 俺はそんな二人のやりとりを部外者を決め込んで聞いていた。
 始めは涼子の迫力に圧されていたが、時と伴に落ち着きを取り戻し、改めて涼子を眺めてみると、彼女もなかなかの美人である。

 美佐子とは同年令と思われるが、美佐子の持つ可愛らしさの代わりに知的な美しさを感じる。細面に切れ長の目尻が、ともすれば冷たく感じられるが、彼女自身の暖かさとか優しさで充分に和らげられている。
 体格的には美佐子より少し細めであるが、出る所はしっかりと出ているようだ。
 そして、すぐにも彼女のプロポーションを確かめられる事となった。

 話しが進むにつれて、涼子が俺を見たい為に美佐子を脱がせる事に成功した。
 そして、美佐子一人に裸にさせないと、自分も着ている物を全て脱ぎ捨ててしまった。
 涼子のプロポーションは思った以上の出来であった。

 美佐子を立ち上がらせ、その周りを廻りながら、時には手で触れながら、俺と美佐子との合体を確かめていった。
 昨夜の実験で俺自身の露出部分のコントロールが可能となっていたが、今はノーマルの状態に戻していたので、美佐子にはこの状態が四六時中続いているものと確信している。 ふと、涼子が立ち止まる。
「これは?使えるの?」
 背中に回っていて見えないが、彼女はぺらぺらの俺の息子を手に取っていた。
 涼子はしばらくそれをいじくっていたが、なかなか変化しないのでそいつから手を放した。俺が一晩かけてようやく大きく出来たのである。そう簡単にはいかない。
 しばらくの思案の後、
「こっちへきて。」
 と、美佐子をベットに引きずり込んだ。

「な、なにを……」
 抵抗する美佐子の努力も涼子のテクニックにすぐさま屈してしまう。裏側でその過程をつぶさに見ていた俺も、その強烈な快感の波にもろに晒されると、頭の中が真っ白になってしまう。
 乳房や秘部はもちろんの事、首筋や足の裏、腋の下と責め続けられると、もう何も考えられない。
 もしかしたら、美佐子の口から漏れている甘い喘ぎは俺が発しているのかも知れない。
 快感が全身を駆け巡る。
 男として感じるよりも何十倍もの快良さである。

 気が付くとお尻に生えた俺の息子が、知らぬ間にいきり立っていた。
 涼子は美佐子の体をうつ伏せにし、尻を高々と突き出させた。
 四つん這いになまと、俺の息子が前面に押し出される。
 涼子が覆い被さるように伸しかかってくる。
 右手で美佐子の乳房を愛撫しながら、左手で俺の息子を涼子の濡れた肉洞に誘う。

 汗まみれの二人の体が密着する。
 涼子は腰をさかんに揺り動かし、右手で美佐子の乳房を、左手で秘部を愛撫する。

 美佐子は四つん這いのまま、さかんに眉声を発している。
 俺はされるがまま,快楽の波に身を任せていた。



「もったいないのに…」
 別れ際、涼子はそう言い残していった。
 陽もとっぷりと暮れ、人通りも途絶えた小道を通って涼子を駅まで送っていった。

 明日になれば俺と美佐子は別々の人間に切り離される。
 今の状態が決して良いとはいわないが、あと今晩一晩限りとはなんとももったいない事である。その点に関しては涼子と同意見である。
 もっとも、美佐子にとっては一刻も早く元の体に戻りたいはずである。

 涼子が改札を抜け、ホームに昇る階段に消えていくのを見届けて、美佐子は帰途に就いた。
 夜なので帽子をかぶらずとも後頭部の俺の顔は見られる事はない。俺の方でもすこしづつ露出部を減らし、涼子と別れてからは完全に美佐子の体に吸収させてしまったので、まる裸にして、お尻の息子をあらわにしない限りこの体は元の美佐子そのものである。

 暗い夜道。女の一人歩きは注意した方が良い。
 涼子との情事で火照った体には夜風が心地好い。あの時の快感を思い出しながら歩く美佐子は注意力散漫となっていた。
 道の真ん中で大きな黒い影にぶち当たって、ようやく現実に舞い戻った時は既に手遅れとなっていた。
 男は計画的に待ち伏せしていたのだろう。手際よく猿ぐつわを噛ませると、道の脇の雑木林に引きずり込んだ。
 湿った地面に転がされる。
 ジャケットを途中まで脱がして、腕の自由を束縛する。
 スカートをまくりあげるとパンティとパンティストッキングをまとめて擦り降ろす。
 びんびんにつっぱった男の股間が両足の間に割り込んでくる。
 抵抗も虚しく、一気に男のものが突き立てられる。
 強烈な痛みに気が遠くなる。
 はぁはぁ言いながら、男はさかんにピストン運動を繰り返す。
 美佐子の意識は奥の方に遠ざかり、貝のようにぴたりと殻を閉じてしまっている。

 我慢の限界に達していた俺は、一瞬に俺は美佐子の体を乗っ取った。
 腕の自由を取り戻す。
 手近の土を掴むと男の顔面に叩きつけ、掌で擦り付けた。
「この女!」
 一瞬、奴の体が離れた。
 体を捻って距離をとる。
 奴から離れるその一瞬に、奴の股間に蹴りを入れた。
 奴がひるんだその好きに立ち上がると半裸のまま逃げ出した。



 日が変わっても、暴行のショックから美佐子の意識は殻の中から出てこなかった。
 俺は美佐子に代わって朝食を作り、身支度を整え、大木の所に出掛けていった。

 美佐子の現状を大木に伝え、今日の分離作業をしばらく延期してもらう事にした。
 大木は美佐子がいつその殻を破って現れるか判らないといった。もしかしたら一生出てこないかもともほのめかした。
 それでもいいじゃないか、と思う。


 涼子にもその事を話しておいた。
 彼女も毎晩のように現れては俺に足りない所を注意してくれる。
 (もっとも、彼女はその後で俺の息子と戯れるのが目的のようだが)


 昼間はOLとして涼子と伴に会社に通う。
 あの暴漢はそれ以降現れない。
 ただ、行き帰りの電車の中での痴漢は毎度の事である。
 彼らの気持ちも判らない訳ではないし、触られて減る物でもないのでそのままにしておいてやる。(中には上手い奴もいて、膝ががくがくする程責められる事もあった。)


 俺は美佐子として、まあ上手くやっていると思う。
 大木の所には月に一度診察に行くが、美佐子は一向にでてこようとしない。
(そのうちお尻にある余計なものを取ってもらおうかとも考えている。)
 このような境遇でも、俺は今、自分の人生に満足している。



 朝のラッシュは始めての人間には到底耐えられるものではない。たとえ、隣の可愛いOLと密着し、いけない妄想に時の経つのも忘れかけても……
 そして、今日も寿司詰めの満員電車が東京に向かって走ってゆく。


−了−


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