ブラック・バック

   奪われた王冠



1     

 ダメージ・ゲージが80%負荷を示し続ける。
 回避しきれなかったビーム砲のエネルギーが荷電粒子障壁にぶつかって紫色に輝く。高機動バーニアを小刻みに吹かして近くに漂う宇宙戦艦の残骸の影に宇宙艇を回り込ませる。標的に逃げられたビーム砲が戦艦の外板を吹き飛ばす。
「きしょう! 目的地は目の前だというのに!」
降り注ぐビーム砲の弾幕を避け、元戦艦の懐に小型宇宙艇を潜り込ませた後こう毒ついたのはその艇の持ち主であり、パイロットであり、唯一の乗組員であるブラック・バックその人であった。
 さしもの彼の愛機〔北斗〕も ― 〔北斗〕は小型ながらも巡洋艦の速度と航続力と戦艦並みの防御力と戦闘機の機動力を合わせ持っている ― 惑星リトウィエルの軌道上に展開するクフィレフ艦隊の集中砲火の前に、手も足も出ないでいるのである。
 
2     

 事の起こりは3週間前、惑星リドニアにあった。
 そもそもブラック・バック等のような宇宙の流れ者達はただ惑星から惑星へと風の吹くまま気の向くままと渡り歩いているわけではない。
 退役軍人、商船の元乗組員、旅客宇宙船のパイロット等々彼らはこれまでにも何らかの形で宇宙を翔んでいた。それがある時は職場に居づらくなり、ある時は犯罪を犯した為、ある時はふとした思いつきで一人となり、それでもなおかつ宇宙を諦められず宇宙にしがみついていたくて流れ者となった者達ばかりである。彼らは「宇宙を旅出来ればそれで何もいらない」とは言いつつも現実は彼らの想いをそう簡単にはかなえてくれない。
 現実は厳しい。生きていく為には食べなくてはならない。彼一人が食べて生活するだけであればアルバイトの口はどの惑星にでもいくらでもある。だが、彼らは宇宙を旅しなければならない。それも他人の飛ばす宇宙船に旅客として乗り合うのではなく、彼ら自身の宇宙船を駆って宇宙を往く必要がある。その為には一人分の食いぶちを稼いで満足してはいられない。宇宙船は牛や馬と違ってそこいらへんの雑草を勝手に食わせて済ます事は出来ない。高価なエネルギー・パックを買い、エネルギー・タンクに充填してやらなければならない。これで宇宙船の腹は満たされたがこれで済んだわけではない。牛や馬であれば多少の傷は嘗めるだけで自然に直ってしまうが宇宙船の船体に付いた傷を放っておけばハイパー・ジャンプの途中で分解したり、傷口から空気が漏れて窒息したりする。小さな修理は自分でも出来るが、大掛かりになると専門の業者を当たる必要が出てくし、ドックを借りたり専用の工作機器を取り寄せる事もある。自分でやる小さな修理にしても交換部品や構造材はただでは手に入らない。
 そんなこんなで彼らは彼らなりの仕事をする。
 戦闘能力を持つ者は「用心棒」と呼ばれる商船の船団やVIPの専用宇宙船の護衛をしたり、どこかの国の宇宙軍に「傭兵」として雇われたりする。コンテナ宇宙船や大型の貨物船やタンカーで多量の物資を運ぶことの出来るものは大手商社の網から漏れた ― 宇宙は広くこの「網」はそれ程大きくないし、その網の目も大変荒い ― 所でそれなりの商売をする。ブラック・バックのように小型の宇宙船の持ったもの ― 宇宙の流れ者のほとんどが大型の宇宙船を持てない ― はその小回りの良さから小物取引で稼ぐ。戸口から戸口への「宅急便」であったり、非合法品の「運び屋」であったり、その仕事の種類と数はそれこそ星の数ほどある。
 こうして、彼らは仕事を取って宇宙を旅し、受けた仕事で行き先が決まる「風」ならぬ「仕事」に流され星から星へと銀河をさすらって行くのである。


 さて、ブラック・バックであるが、惑星リドニアの宇宙港の近くには宇宙船乗り目当ての居酒屋群がっている。その並びにある「ロン・タウンの店」に足を入れた所であった。
 「ロン・タウンの店」は飲み屋ではない。ジョブ・ショップと呼ばれている。このような店 ― ジョブ・ショップ ― は銀河のどの宇宙港にも必ず1つや2つは見つかる。そこではブラック・バックのような宇宙の流れ者達に「仕事」を斡旋している。もちろん仕事自体は彼ら自身がその依頼主と直接契約するのであるが、何処にどんな仕事があるのかを見つける為には「ロン・タウンの店」のようなジョブ・ショップに足を運ばなければならない。そしてまた、ジョブ・ショップでは仕事の斡旋の他にも仕事に必要な装備や備品、様々な情報も売っているのである。

 何の飾り気もないドアを開けるとカウンターとちょっとしたフロアがある。数人の男達がバーでグラスを傾けている。小さいのやら細いのやらつぎはぎだらけのやら、彼らはどう見ても宇宙の流れ者には見えない。かといって一般の善良な人々とは思えない一癖も二癖もありそうな連中である。彼らは情報屋と呼ばれジョブ・ショップには必ず数人はたむろしている。耳に付けたイヤホンが彼らの専用周波数から刻々と情報を引き出している。それぞれに専門の分野があり、さらに仲間同士で情報を交換することにより、膨大なデータベースが構築されているのである。
 金さえ払えば、仕事に必要な(必要でなくとも)どんな情報も正確に教えてくれる。また、誰がどんな仕事を受けたかも判っているので、状況によっては彼らの方から情報を売りつけに来ることもある。(もちろん払った金額に応じた情報しか教えてはもらえないのだが……)
 そんな彼ら情報屋の元締をしているのが、カウンターの奥でコンソールに収まっている小太りの男 ― この店の主 ― ロン・タウンである。彼はコンソールで彼の店の中で行き交う情報・仕事・装備や備品の全てを管理しコントロールしている。そこには情報屋の扱う様々な情報から、依頼された仕事、契約された仕事、そしてこれらの仕事を発注した人間・請け負った人間のプロフィールを含むあらゆる個人情報までと多枝に渡っている。

 ブラック・バックはコインを一枚取り出すとロン・タウンに向け弾き飛ばした。
「仕事をくれ!」
 ロン・タウンは見向きもせず左手で宙を払いコインを受け止めた。
「3番のボックスだ」
 無愛想な声が返ってくる。ブラック・バックはそのままフロアを突っ切ると店の奥にある扉を開けた。狭いエントランスの向こうに5つの扉が並んでいる。それぞれの扉には1から5までの数字がかかれている。扉の上にはランプがあり、左端の1番と右の4番の扉の上のランプが点灯している。ブラック・バックは真ん中の「3」と書かれた扉の前に立ち左脇のスリットに規定の料金を放り込んだ。

 軽いモーターの音と伴に扉が引上げられる。扉の向こう側は端末機と付属の椅子があるだけの小さなボックスになっている。外からはこれくらいしか分からないが、ボックスは防音、防磁等プライバシーを守る為の様々な機器に取り囲まれているのである。椅子に座ると自動的に扉が降りて外からの光りを一切遮断する。残された明かりは端末機のディスプレイの発する光りとキーボード上のイルミネーションだけとなった。ディスプレイの光りはキーボードを照らし出し、キーボード上のイルミネーションが次の入力を指示してゆく。ボックスの中は暗くとも操作上の不都合は一切無いように設計されていた。(もっとも同様の端末機を使い慣れたブラック・バックにとっては目をつぶったままでも操作できるので部屋の明るさ暗さについては一切問題としていないのだが……)
 左手のフックからヘッドセットを取り出し、イヤパットを耳に当てる。コインを10枚ほどまとめてスリットに放り込む。残ったコインはスリットの脇に積み上げておく。端末機を操作するにはかなりの枚数のコインが必要となってくる。3分毎にコイン1枚、また情報を検索する度に最低3枚からのコインが要求される。へたな検索をすれば幾枚ものコインが無駄に消費されてゆく。間髪をいれず、ブラック・バックは検索条件をキーボードから入力した。

 カテゴリーに「輸送」を選択し、積荷の大きさや質量の上限で検索条件を絞ってゆく。しかし、条件を絞り過ぎると検索対象なしで3枚のコインと検索に費やした時間分のコインが無駄に消費されてしまう。大雑把な条件でランダムに検索し、仕事の内容や条件に無理がなければ早めに妥協する ― これが最も効率の良い検索方法である。
 ブラック・バックは6件目の検索でようやく妥協出来る物件にめぐり会えた。
 惑星アラクダからアンティークな装飾品を惑星ハムウェルの代理人に手渡す ― これを今回の仕事とした。物件の大きさや質量には充分過ぎる余裕があるし、報酬もそれなりに良い。犯罪やそれに類するような暗い影もなく、さらに積荷が保護ケースで耐ショック梱包されているということがだめ押しになった。耐ショック梱包は積荷を少々手荒に扱っても心配する必要がなく、ブラック・バックとしても宇宙艇に余計な艤装を施す必要もなくて済むのである。
 規定のリザーブ料を納入すれば1週間の優先権がブラック・バックに与えられる。ブラック・バックは自分の口座番号を入力し、指定された口座にリザーブ料を振り込んだ。仕事が終われば今度は報酬が逆のルートで振り込まれて来る。ブラック・バックは端末を切り立ち上がった。
 あとは惑星アラクダに飛び、最終的な契約を結び積荷を受け取ればよい。
 こうしてブラック・バックは「ロン・タウンの店」を後にした。
 
3     

 惑星アラクダは惑星リドニアから6時間の所にある静かで平和な農耕惑星である。一応宇宙港の周辺から惑星首都にかけては近代的なビルディングが立ち並び、ハイウェイが縦に貫かれ ― それが地方へと延びる唯一の交通機関となっている ― 星系の中心地の面目を保っているが、その雰囲気は田園ののどかさそのままである。
 そんな平和な静けさの中でブラック・バックの声が大きく鳴り響いた。
「それは契約とは違う!!」
 デスクを挟んで向かい側では頭頂が半分禿げ上がったいかにも風采の上がらない中年男が、これ以上小さくなれないくらい恐縮してブラック・バックの罵声に耐えていた。
「ですからこの件に関しましては報酬の上乗せをさせて頂き、さらにボーナスといたしまて……」
「そんな問題の話ではない。そんな事をいっていられるのはただ積荷が増えたとか、行き先が隣の惑星に替えたいとか、気象状況が悪化したとかいう物理的問題に留まっている所でだけだ!」
「これで足りないとおっしゃるのであれば、この位の所でなんとか……」
 中年男はハンカチで汗を拭々ディスク上のディスプレイ・パネルの金額を書き直した。
「そうじゃない!俺の宇宙艇はバスやタクシーとは違うんだ。そこの所を判ってもらいたい。積荷が増える分にはこちらとしてもそれなりの事を考慮してもらえば何も文句は言わない。だがこれはそうじゃない。物を運ぶのと、人を運ぶのでは運び屋としての気構えが違ってくる。」
「ですからその男は人ではなく単なる物として扱ってかまわないと。保護ケースと同じ積荷の単なる付属物に過ぎないのです。その男が傷つこうが、はたまたくたばってのたれ死のうが、その事については一切ご迷惑はおかけしません。荷物室に転がして置いて戴ければ良いのです。なにも一人前に席に座らせようとは思ってもいません。それに航行中はあなたの身の回りの雑用、炊事、洗濯など何をやらせても構いませんから。そこの所を判っていただければ……」
 ブラック・バックは付属物と言われた男を見やった。
 部屋の隅にいる痩せ細った小男は、まだ少年といってもいい位若かった。体に着けたちょっと大きめの暗赤色のコンビネーションがまだ馴染んでいない。目立たないように部屋の隅に保護ケースを抱えてじっと立っている。よく見ると保護ケースから伸びているワイヤが手首の所でコンビネーションと一体化している。この男が保護ケースから離れるには一旦コンビネーションを脱がなければならない。無理に保護ケースを奪えばこの男も一緒に付いてゆく。男と保護ケースを切り離すには保護ケースと繋がれたワイヤを切断するしかない。無理に引き離そうとすれば腕の付け根からコンビネーションごと千切られる。奪った者は暫くの間男の生腕をぶら下げたままでいなければならない。
 この男の生死を無視しても良いとはいってもやはり相手は人間である。ブラック・バックの頭の中ではこの男の安全をどの様に確保すべきか必死で考えていた。



 禿げの中年男に言いくるめられた形でブラック・バックはとうとうこの仕事を付き人込みで請け負うことになってしまった。
 ブラック・バックと積荷とその付属品の小男を乗せ、無人タクシーは宇宙港へ向けハイウェイをひた走っていた。
「王冠とはまたえらく古風なものがあったなぁ。何かいわく付きの物かね?」
 積荷の内容が単なる『アンティークな装飾品』から『王冠』である事までは禿げの中年男から聞き出してはいたが、それがどのような『王冠』なのかまでは聞き出せなかった。まあ、少しでも関わり合いのあるこの小男に尋ねればいくらかなりとも判るであろうと声を掛けてみたのであるが…… 小男は沈黙を守ったままじっと前方を見つめていた。見つめているとは言ってもそこに何がある訳でなし、他に見る物が無いから前を見ている程度のものだが、そこにはほとんど人間性というものが欠落し文字通り積荷の付属物となっていた。
「愛想の無い奴だなぁ。俺の宇宙船に乗るのならもう少し明るくしてほしいな。」
「……」
― しばしの沈黙 ―
「わかったョ。自分はただの付属品だと言いたいのだろぅ。だが少なくとも名前ぐらいは教えといてくれ。呼ぶのに困る。」
「…リグナ…」
 一呼吸置いて、ぼそっと音が溢れる。
「あ、あぁリグナというのか。俺の名は知っているな。どう呼んでも構わないが『おじさん』とだけは呼んでくれるな、ハハハハ……」
 ひとり虚ろな笑いが車中に響いた。

 しばらく行くと、タクシーのスピードが徐々に低下していった。まだ宇宙港まではかなりの距離がある。
「どうしたんだ!」
 と声を掛ける運転手がいないのが無人タクシーである。しかたなく状況判断を自分でする事になった。ブラック・バックは窓の外前後左右を見回した。ハイウェイ上のどの車も皆一様にスピードを落としている。ハーフミラーの窓ガラスの為、他の車に乗っている人々を見ることは出来ないが、彼らもまたブラック・バックと同じようにキョロキョロと回りを見回しているだろうとは想像に難くない。
 そうこうしているうちに、タクシーのスピードはどんどん低下し、ついには停止してしまった。ブラック・バックはドアを開け路上に降り立つともう一度辺りを見渡した。外の方がいくぶんか視界が良い。他の車でも三々五々と車を降り、車中の人々に状況を伝えている。
 目ざとい人がそれを見つけた。それを見て回りの人々も同じ方向を指差した。それを見てブラック・バックもそちらの方角に目を向けた。前方右手の方向、ちょうど宇宙港との中間地点ぐらいの所で何やら黒い煙が立ち上がっていた。
「誰か事故ったかな?」
「いえ、事故ではありません。」
 いつの間にかリグナが脇に立っていた。
「このアラクダのハイウェイでは全ての車は自動コントロールされている為、事故の起こりようがありません。」
「では何だというのか?」
「テロです。」
「テロ?!」
「はい。あなたがあれほど事務所で揉めなければ丁度この時間にはあの辺りにいたはずです。」
「ではあれは俺たちを狙ったもの?」
「私たちというよりは、この王冠を狙ったもの。」
「あぁ、どうやら俺はとんでもない物を引受けてしまったようだな。」
 ブラック・バックは右手を開いて顔に当て、空を仰いだ。が、その口元にはかすかに笑みが浮かんでいた。
「どうなさいます?契約は破棄ですか?」
「何を勘違いしているんだ、リグナ。俺は一度受けた仕事はやり通す。これをモットーとして生きているんだ。……もちろんこの件ではもう少し報酬の上乗せをしてもらうがな。」
 それを聞いてほっとしたリグナに人間の表情が戻って来た。
「とりあえずここでじっとしていても始まらない。この『王冠』の秘密は歩きながら聞こう。」
 ブラック・バックは保護ケースを軽く叩き、リグナを後に宇宙港に向かってハイウェイを歩き出した。
 
4     

 ブラック・バックには『王冠』の秘密をリグナから聞き出している暇がなかった。バラバラと遠くからヘリコプターのブレードが空気を切り裂く音を耳にした。そいつはどんどん近づいて来る。黒煙の上がった方向から3機が、後ろに新たな黒煙を従えてやって来る。それに加えブラック・バックはローターの回転音の他にもう一つの異音を聞いていた。
 機関砲の炸裂音である。
 ヘリコプターの後ろに続く黒煙は機関砲の餌食となった車が燃えて立ち上がったものだった。ヘリコプターはさらに近づく。ブラック・バックはリグナの手を引くとハイウェイの両脇を囲む防護壁の一方に向かった。そのままの勢いで防護壁をよじ登り、壁の上からリグナと王冠を引き上げる。そこから一気に下の草むらへリグナを抱え込むようにして滑り落ちる。一瞬の間を置いてヘリコプターが飛び過ぎてゆく音、それに続いてさらに大きな爆発音が地面を揺るがす。
 ブラック・バックとリグナは防護壁の基で体を丸めて爆風をしのいだ。
 防護壁の向こうは火に包まれ、黒煙を巻き上げていた。


 ハイウェイ上の爆発が一段落するまで待ってから二人は再び宇宙港に向かって歩き出した。振り返るとヘリコプターの撒き散らす黒煙が仕事の契約を行った禿げの中年男のいる事務所に向かって伸びていった。
「これだけ騒ぎが大きくなれば、あいつが逃げ出す暇も充分にあるだろう。」
「さァ、どうでしょう?この星の人は皆のんびりしていますからね。」
 ブラック・バックの独り言にリグナが答える。
「お金の心配なら無用です、キャプテン。彼がいなくなったとて、ハムウェルの代理人がちゃんと支払います。もちろんボーナスも込みで。」
「キャプテンか、まあ小さいとはいえ宇宙船の船長だからなァ。と、そんな事より何でお前がボーナス云々を言えるんだ?ただの積荷の付属品じゃなかったのかい?」
「えっ、そのハムウェルの代理人と話しているのがちょっと耳に入っただけですョ。」
「ふーん。まあいい。それよりもその『王冠』についてだが……」
 またしてもブラック・バックの質問に妨害が入った。後方からバリバリと、ヘリコプターとはまた違った音が近づいて来た。
「走れ!」
 ブラック・バックは近くに岩の塊が散らばっているのを見つけ、リグナの背を押しながら走った。
 音は大きく回り込むと二人の行く手を遮った。
 濃緑色の迷彩色に塗り固められた小型のホバー・トラックから体格の良い男たちが次々と飛び出してきた。彼らは乗ってきたホバー・トラックからは想像しづらい黒のスリーピースに帽子とサングラスを着けていた。男たちはあっという間に二人を取り囲んだ。じりじりとその輪を縮めてゆく。
 運転台に残った男が無線機で連絡を取り合っているのが見えた。増援部隊を呼んでいるのか?早くけりを付けなければ……
 ブラック・バックは手近な男に走り寄り、そのままのスピードでストレートパンチを放った。やはり訓練されているのか男の身のこなしは素早く、ブラック・バックのパンチは宙を切った。
 それを計算に入れておいたブラック・バックはそのまま体を流すと同時に左足を水平に振り上げ廻し蹴りを入れる。踵が男の腹に吸い込まれて行く。ぐふっ、と音を発て男は草むらの中に倒れた。
 その男が倒れる前にブラック・バックは次の男に向かって行った。
 右のハイキックをフェイントに左足で足払いを入れる。腰が引けた所ですいっと懐に入り込む。両腕で胴を挟み、肩の上で半回転させ後頭部から地面に叩きつける。
 黒尽くめの男たちはこれといった攻撃を仕掛けて来ない。どうやらヘリコプターの連中とはまた別のグループらしい。ヘリコプターのグループであれば有無を言わさず殺しに来る。どうやら無傷で『王冠』を手に入れたいらしい。
 ブラック・バックは3人目を締め落とし、4人目に掛かろうとしていた。
 そこにバラバラと再びヘリコプターの音。
 機関砲が火を吹いて地面を穿ち、草むらを焼き払う。
 ブラック・バックはリグナの所に飛んで帰ると岩影に身を潜めた。黒尽くめの男たちも点々に地面に伏したり岩影に隠れたりしていた。
 機関砲の火線がホバー・トラックを見つけそちらに伸びていった。
 あと数メートルという所で突然ヘリコプターが爆発した。
 ホバー・トラックの上で残煙を湛えたバズーカを手にした男が立ち上がった。男はバズーカを無造作に放り捨てると運転台に戻りホバー・トラックのエンジンを始動した。倒された男をそのままに残った男たちが皆ホバー・トラックに引き上げてゆく。
「助けて!」
 リグナの声だ。見ると一人の男がリグナを抱えてホバー・トラックに乗り込もうとしていた。ヘリコプターの爆発に気を取られていた一瞬の事だ。
「待て!!」
 走り寄ろうとした所をまだ落ちきっていなかった男に足首を掴まれたたらを踏んだ。ホバー・トラックは土煙を巻き上げ、宇宙港に向かって去っていった。
 
5     

 迷彩色のホバー・トラックが宇宙港のゲートを突き破り、ドラファルガ級の大型輸送宇宙船の船内に飲み込まれると、斜路の引上げも終わらぬうちにロケット・エンジンが点火された。もちろん正規の出港手続きを踏んでいたのであればこのような離陸は不可能である。だが輸送宇宙船の船長の判断は正しかった。ホバー・トラックを追うように無数のロケット弾が飛んで来て離着陸床を粉々に粉砕した。近くに停泊していた幾隻かの宇宙船も巻き添えを喰って炎上した。
 補助ロケットも点火して全力で上昇を続ける輸送宇宙船は大気圏を出た所で再度ミサイルの洗礼を受けた。緊急発進で大気との格闘を終えくたくたになったバリア・システムがミサイルの爆発エネルギーを吸収しきれずに、あちこちで機能を停止してゆく。バリアの裂け目からバリアの壁面を伝って荷電粒子流が船体を直撃する。高圧の荷電粒子流は大型輸送宇宙船を揺るがし、その高エネルギーで船体を覆う外殻防壁を溶かし、穴を開ける。穴からは貴重な空気が吹き出し、その区画を真空で満たす。船内の各所に設けられた隔壁が空気の流出を最小限に抑えるが、一度崩壊した外殻防壁に再度攻撃を受ければ今度は空気の流出だけでは済まなくなる。
 船長は船をロールさせ、被爆面を入れ替えた。航法計算に掛かる時間はなんとしても持ち堪えてもらわなければならない。コンソールには被害状況が赤ランプで示されている。その赤ランプを追うように計算の完了を伝える緑ランプが灯り始める。
 全ての計算結果が揃い、緑ランプが点滅した。
 赤ランプが増え続ける。
「ワープ・エンジン始動!」
 船長の声が艦橋に響く。
「反動エンジン停止。ワープ、秒読み開始!」
 航法士がチェック・リストを読み上げる。
 機関士が推力を調整する。
「3、2、1、ワープ!!」
 ワープ・エンジンが次元の裂け目に宇宙船を押し上げてゆく。
 敵の攻撃が遠のく。
 エンジン音が辺りを圧する。

 唐突に静寂が訪れる。20光年のワープを終え、使命を果たしたワープ・エンジンのスイッチが切れた。
 船長の声が静寂を破る。途端に艦橋が騒がしくなる。
「現在位置を確認せよ。被害状況を知らせよ。資材部はストックを確認、優先順位の高い所から修理を開始する。手の空いているものは第3デッキに集合せよ。お客さんは、私の部屋に入れておけ。歩哨を立てるのを忘れるな……」


 リグナは緊急発進の急加速で既に失神していた。ホバー・トラックの男たちは一人を除いて全員が第3デッキに昇って行った。残った一人がリグナを抱え上げエレベータで艦橋の近くにある船長室に運ぶと、簡素なベットの上にそっと横たえた。
 リグナが目覚めたのはそれからかなり経ってからであった。
 依然として船内では船長の陣頭指揮の下、損害箇所の修理が続いていた。そのため船長を始め誰一人としてリグナの様子をうかがいに来る者は無かった。
 リグナは目覚めるとコンビネーションに繋がれた保護ケースを確かめた。保護ケースは無事にコンビネーションと繋がれたまま傷一つ負わずにあった。状況の展開が激しく誰一人としてこのケースに触れる事が出来なかったようだ。もっとも無理にコンビネーションから保護ケースを引き離そうとするよりもリグナの意識が無くなっているうちにコンビネーションごと脱がせて手に入れるという事も出来るのだが……リグナはコンビネーションの内ポケットからナイフを取り出すと脱出口を探し始めた。もちろんドアの向こうには歩哨が立っているのは容易に想像出来た為、それ以外の出口を探す必要があった。幸い船内の各所で修理工事を行っていた為、多少の物音がしても気付かれずに済んだ。
 まず最初に考え付いたのは通気孔だった。一番大きな通気孔がバスルームに来ていた。バスタブの上に立ちナイフで止めネジを廻して通気孔のふたを外した。リグナの小柄な体躯であれば充分に抜け出せる広さがあった。が、実際に入り込もうと王冠の入った保護ケースを持ち上げたが、通気孔の狭い入口からは一寸の差で抜けられないのだ。リグナ一人であれば余裕なのだが、この保護ケース ― 王冠 ― を残して行くわけにはいかない。別の出口を探さなければならなくなった。
 しかし、窓も無く、床下も天井も壁の裏にも脱出口に使える隙間が無い。となると歩哨を倒して、正々堂々と唯一のドアから出て行くしか無いのだろうか?と、思い至った時もう一つの解決策がひらめいた。
「何もここから出る事ばかり考える必要は無いんじゃないか?この部屋を抜け出したとしても、この宇宙船から離れるには更に宇宙服や搭載宇宙艇を手に入れなければならない。それに、一人ではそう簡単に惑星ハムウェルへ辿り着けるものでは無い。ここはひとつブラック・バックが助けに来るまで隠れていた方がいいのではないだろうか?」
 と、リグナは隠れ場所を探した。小柄なリグナが隠れるのに適当な場所は出口探しで幾つも見つけている。その中でリグナはクローゼットの下にある空洞を選んだ。クローゼットは上げ底になっていて普通の床下よりもゆったりできる。かなりの長時間隠れていても苦にはならないはずである。
 リグナはクローゼットの下に潜り込み、床板を元に戻すとナイフをコンビネーションの内ポケットに戻し、替わりに凝縮口料を取り出し口の中に放り込んだ。
「さて、ブラック・バックはどのくらいで助けに来てくれるのだろうか?」
 
6     

 その頃、ブラック・バックはアラクダの宇宙港を飛び立とうとしていた。
 リグナが連れ去られた後、ブラック・バックの伸した3人の男を縛り挙げ事の次第を聞き出しておいた。とはいっても三下の知っている事といえば高が知れているがそれでも無いよりは増しである。
 朧気ながらブラック・バックにも背後関係が見えて来た。
 先ずはあの『王冠』である。
 『王冠』はその運び先であるハムウェルの王族に伝わる由緒正しいもので、それがなぜアラクダにあったかは不明であるが、とにかくその王冠が正当なる王たる者の証となる物であるらしい。そのハムウェルでは先頃その王が亡くなったそうだ。そこで王位を継承する為に王冠が必要となったらしい。
 だが、お家騒動はどこにでもあるものらしく、ハムウェルの王家でも世継ぎ問題で大荒れに荒れていたのである。亡くなった先王は、その兄の死と伴にその位に就いたのである。その当時兄王は結婚はしていたものの子供が無くハムウェル王家の血を守るため、弟の先王が王位に就いたのであった。兄王の妃は義弟の戴冠式と伴に領内の惑星リトウィエルに送られてしまった。翌年、兄王の妃は男子を産み、そのまま他界した。兄王の妃が健在であれば、義弟王の息子がすんなりと王位に就いたのである。が、亡き兄王の息子には権力に飢えた亡者が群がり集まって来た。王冠がハムウェルの地に無い事が知れると、すぐさま飛び付いていった。王冠を手に王位を主張すれば幼い兄王の息子をその位に就けることが出来る。そうなれば後は彼らの思い通りに国を動かすことができる。
 そんな兄王側の手先が彼ら黒尽めの男たちであるが、ここにもう一つのファクターが加わってきた。それがヘリコプターの一味である。
 彼らはハムウェル王国に隣接するクフィレフの息の掛かったチンピラだった。クフィレフはハムウェルとの交易により生計を立てている新興の商工業国家であるが最近は他星系との交易もさかんになり、ぐんぐんと国力を増してきた。その経済力はすでにハムウェルのそれを上回り、その経済力を後ろ楯にハムウェルに対し圧力を掛けて来た。ハムウェルの豊富な鉱物資源がクフィレフにとっては喉から手のでる程欲しくてたまらないのだ。そのクフィレフの第一の障壁がハムウェルの王制であった。
 先王の死亡と伴に表面化した王家の家督争いに乗じて一気に王制そのものを叩き潰そうと計ったのだった。かといって直接王家の人間に手を出す事もできず。その象徴たる『王冠』の破壊を第一目標としたのであった。『王冠』の破壊はとりもなおさず王家の崩壊を意味する。後は国民を煽動し、民主化運動を起こさせ、クフィレフの息の掛かった内閣を組織させれば良い。
 だが、クフィレフは表立ってハムウェルやリトウィエルを攻撃出来ない。そこでどうしても王冠が王家の手に渡る前に破壊しておきたかった。だが、アラクダではまんまとリトウィエルの宇宙船を取り逃がしてしまった。後は少しでも邪魔者を拝し、隙を見てリトウィエルから王冠を盗み出し、これを破壊するしか無くなってしまった。
 アラクダのジョブ・ショップで最新の情報を仕入れ、リトウィエルの軌道上にクフィレフの艦隊が展開していることを知ったブラック・バックは〔北斗〕を最高水準の戦闘艇に換装し、アラクダの宇宙港を飛び立とうとしていた。


 リグナと王冠の乗せた大型輸送宇宙船はクフィレフ艦隊の包囲する中、ゆっくりとリトウィエルへ降下していった。
 応急修理の終えた船内ではリグナの捜索が総動員で行われたが成果は無く、着陸態勢に入った為、一旦捜査を打ち切っていた。


 その間に違法のハイ・レベル・ワープを使用して、リトウィエルに辿り着いたブラック・バックはクフィレフ艦隊の壮麗な出迎えを受けた。〔北斗〕がリトウィエルの艦艇でないと判ると一斉にビーム砲の雨を降らせたのである。


 そして今、ブラック・バックはリトウィエルの軌道上の宇宙戦艦の残骸の中で身をひそめていた。
 
7     

「確かにリグナはこの惑星にいる。」
 ブラック・バックは保護ケースとリグナのコンビネーションのベルトの所に付けた発信機が伴にリトウィエルの地表から信号を送っているのを探知機で確認した。
「このままここでじっとしている訳にもいかない。かといって〔北斗〕で出ればたちまち探知されビーム砲の餌食になるだけだ。簡単にはこの包囲網を突破出来ない。何とかしなくては、何とか……」
 コクピットの後方のコンパートメントを腕組みをして歩き廻っていたブラック・バックがふとその足を止めた。
「そうだ!あれあった。」
 ポンと掌を叩き、後部の貨物室に潜り込むと特殊合金でできた大きな板 ― それはサーフボードと見紛うほどそっくりにできていた ― を引き擦り出してきた。

 〔北斗〕の自動操縦をプログラムし、コールサインを設定して他のスイッチを全てオフる。コンパートメントに戻ると耐圧宇宙服にもぐり込む。パラシュートを前後に背負い、体側のロケット・ブースターをチェックする。サーフボードを抱えてエアロックに入る。内扉が閉まりエアロックが真空で満たされると厚い外扉が開かれる。
 サーフボードに腹ばいになり、エアロックの縁からぐいと体を押し出す。ブラック・バックはゆっくりと〔北斗〕から漂い出た。ガス銃を使って障害物を迂回する。ようやくの事で惑星リトウィエルを捕捉できる広い場所に出ることが出来た。
 ここからが本番である。
 戦艦の連中に見つからないように祈る。
 これからの数秒間は運を天に任すしかない。
 ぐっと息を詰めて、ブラック・バックはロケット・ブースターを点火した。
 3秒でブースターは燃え尽きる。
 燃え尽きたブースターは自動的に切り離される。
 リトウィエルがぐんぐん大きくなる。
 惑星の引力に捕らえられ更に加速される。
 空気の粒子が光りを放ち、大気圏の上層部に達する。

 ブラック・バックはサーフボードの上に立ち上がると体をひねり、ボードの面を進行方向に垂直に立てる。大気圏の上層部、空気の波を捕らえて降下を始める。大気の密度の変化を捉え、全身でボードを操る。時には大きな塊にぶつかり大気圏外に跳ね飛ばされる。が、引力が再び彼を捕らえて大気圏に引き戻す。時にはクレパスのように大気が切り裂かれ一気に数十メートルも落下する。バランスを取り直し、新たな波を捕らえて降下を続ける。
 今のブラック・バックには上空のクフィレフ艦隊の事など頭から消し飛んでいる。もっともクフィレフ艦隊にした所でここまで降下されていると発見しても手出しができない。強力なビーム砲も大気のバリアーに阻まれ生身の人間さえ傷つける事も出来ないのである。
 成層圏に入るともはやボードは大気の波を捕らえることは出来ず、ブラック・バックはボードの上にしがみ付き、リグナの発信機の示す地点に向け滑空してゆく。ボードのフィンが方向舵となってリトウィエルの大地を横切ってゆく。
 空の色は既に濃紺から淡青に変わり、地表の起伏がはっきりと判る。
 発信地点の上空に達した。雲を抜け、地形を確認した所でボードを捨て空中に身を躍らせる。真っ直ぐに発信地点には降りられない。風に任せて若干流されてみる。ぎりぎりのところでパラシュートを開く。
 再度地表を確認する。
 リグナの信号の発信地点は山間の小さな湖。その水面に大型の宇宙船が停泊している。湖に面して中世ヨーロッパ風の古城が建っている。他に建物は見当たらない。あとは緑の山で埋め尽くされている。
 ブラック・バックはパラシュートを操り、城の後背の山の中に舞い降りた。
 
8     

 重い耐圧宇宙服を脱ぎ捨て身軽になったブラック・バックは山の稜線に身を潜め再度古城を見やった。テレスコープを取り出し詳細に観察する。古城の尖塔にたなびく旗にはハムウェル王家の紋章が織り込まれていた。リトウィエルを含むハムウェルの領内では王家の紋を軽々しく使用することは出来ない。王家の紋章を戴いているこの古城はとりもなおさず王家の城ということである。ここが、先王の戴冠と伴に兄王の妃が流されたその場所であった。流された兄王の妃も今は亡く、その幼い息子が一人住んでいるだけのはずである。
 だが、湖の宇宙船 ― ドラファルガ級の大型宇宙船 ― の意味する所は……

 ブラック・バックの持つ携帯型の探知機ではリグナの捕らえられている場所が古城なのか宇宙船なのかを切り分ける事ができない。だが、状況からして古城の中に捕らえられている筈である。ブラック・バックはテレスコープを折り畳み、尻のポケットに突っ込むと古城に向かって山を降りていった。
 古城の中は兄王派の奴等がうようよしている筈だ。もちろん古城の周りにも不審な者を阻止すべく様々な罠や仕掛けが張り巡らされている。ブラック・バックはいくらも古城に近づかないうちに探知機の網にぶち当たってしまった。かろうじて警報が発せられる前に黙らせる事が出来たが、この調子では埒があかない。予想以上に堅い警備網が引かれていた。
 もちろん、これはブラック・バックの知る筈の無い所でリグナが姿を眩ました事による警備網の強化であった。リグナは依然として宇宙船のクローゼットの床下に潜んでいたのだが、船長をはじめ古城の男達も宇宙船の着陸のどさくさに紛れて逃げ出したものと思い古城を中心とする広い範囲で捜索を始めていたのであった。
 一旦、裏山に引き返したブラック・バックは夜を待って行動を開始した。

 ガス銃の圧力を目一杯高める。テレスコープにナイトサイトのアタッチメントを付け古城を見下ろす。ガス銃の照準を尖塔の窓枠に合わせる。
 発射!!
 ガスの炸裂音とともに強烈な反動がブラック・バックを襲う。だが、狙いは正確。弾は窓枠の上10センチの所に命中した。弾の尻から生えたグラス・ワイヤーが古城と裏山の間に橋を渡す。
 火薬式の銃よりも格段に音の小さなガス銃、髪の毛程の太さで10トンの荷重に耐えられるグラス・ワイヤー、更にリトウィエルの夜の暗闇がブラック・バックの行動を古城の人々から隠してくれる。グラス・ワイヤーの端を手近の太い木の幹に縛りつける。滑車に身を預けて空中を滑り降りる。
 降下の勢いを使って窓枠を蹴破って尖塔の中へと転がり込む。
 そのまま息を殺し、物音を聞きつけて上がってくる者がいないかと様子を窺う。

 とにかく、古城への潜入は成功した。探知機を取り出しリグナの方向を確認する。探知機は下の方向を示す。古城の中の一室か?地下室か?とにかくこの尖塔や同じ高さの塔の中でない事は確かだ。
 暗闇の中、手探りで尖塔の小部屋のドアを開ける。小さな踊り場が薄暗いランプに照らし出されている。尖塔の内壁に沿って螺旋階段が刻まれている。その所々、かなりの間隔を置いてランプが灯されている。
 ちょっとした物音でも大きく反響する石階段をブラック・バックは音も立てずに駆け降りて行った。

 その頃、リグナを追って捜索範囲を広げていった兄王派の一隊が山中でブラック・バックの残したグラス・ワイヤーの端を見つけた。
 報告を受けた古城の幹部は城内の人間を尖塔に向かわせた。それとともに山中に散らばった捜索隊を呼び戻した。古城の内部とその極近辺を徹底的に調べ直す必要を認め、手持ちの駒で足りないと見ると宇宙輸送船からも応援を呼んだ。

 たちまち騒がしくなった城内でブラック・バックは焦り始めた。探知機に従って進んで行く先々はどれも皆行き止まりになっていた。地上部分では外壁が行く手を遮る。探知機はその外、下方を示す。地下では壁の先に隠し部屋がないか石壁の一枚一枚を叩いて調べた。
 城内に人が溢れ、とうとう思うように動けなくなってしまった。
 廊下や階段を使えば必ず人の目に触れてしまう。そこで窓から乗り出し、外壁を伝って移動するしか無くなってしまった。
 だが、壁を伝っていては探知機で方位を確認するのもままならない。一旦地上に降りて柱の隙間に身を隠す。一息ついて探知機を見る。やはり探知機は古城の外を指していた。
 始めて古城の外で探知機の示す方角を見た。
 その先には湖があった。
「宇宙船だったか!」
 ブラック・バックは不用意にも隠れ場所から飛び出し湖に向かって駆け出していた。その途端、宇宙輸送船から応援に来た男達とばったり出くわしてしまった。あわてて反転して駆け出す。再び古城の中に舞い戻ってしまった。
 姿を見られてからは連中の対応が素早い。連絡網が張り巡らされ、かてて加えて地の利は連中にある。追われ追われて尖塔の一つに追い込まれてしまった。
 袋の鼠。逃げ道はもう無い。
 石階段を昇ってくる足音が幾重にも響き渡る。

 そこで、最期の切り札。

 ブラック・バックはホルスターの銃握を握りしめた。精神を統一し、神経を銃握に集中させる。銃握に仕込まれた思念石がオレンヂ色に光り輝く。
 リグナの思考を捉える。
― 船長室のクローゼットの床下 ―
 更に精神を集中させる。

 ぐいと体が宙に持ち上げられる。

 ばん!と弾かれ、湖の宇宙船へ一直線に飛んでゆく。

 後を追うように尖塔の小部屋に男達が雪崩込む。窓の外、飛び去るブラック・バックを唖然として見送っていた。
 
9     

「リグナ、俺だ。出てきてもいいぞ。」
 宇宙船の中は閑散としていた。が、これも時間の問題だろう。古城に刈り出された男達が戻ってくるまで大して掛からないはずだ。
 ごとり、と床板の外れる音。そしてクローゼットの扉が弾けてリグナが飛び出して来た。
「キャプテン。来てくれたんだね。」
 抱きつくリグナの腕を振りほどき、その手首を掴んだまま船長室を後にした。
「時間がない!急ぐんだ!!」
 たいがいの宇宙船の構造を知っているブラック・バックは、迷わず最短コースをとって最上位のデッキ ― 搭載艇格納庫 ― に辿り着いた。
 手近の搭載艇に転がり込む。外扉のロックを確認し、コクピットに向かう。すでにリグナが助手席のシートベルトを締めようとしていた。

「シートに座るな!」
 ブラック・バックは有無を言わさずリグナをコクピットから引きずり出す。
「ベットでおとなしくしていろ!」
 耐Gベットに放り込みベルトで固定する。
「保護ケースには手を触れるな!押しつぶされるぞ!」
 パイロット・シートに収まり始動前の点検をざっと済ます。
「何とかいけるぞ。」
 エンジンにパワーを注ぎ込む。
〔北斗〕に取り決めたコールサインを発する。すぐにも〔北斗〕はアイドリングを始めるはずだ。一気にフルパワーで飛び立つ。
 格納庫の扉を突き破り、搭載艇はリトウィエルの空に昇っていった。

 既に軌道上のクフィレフ艦隊には警報が発せられていた。
 最高加速で昇ってくる搭載艇は大気との摩擦力で明く燃えていた。クフィレフ艦隊にとっては思っても見ない狙い打ちのターゲットである。大気圏を突破するまでのカウント・ダウンが各艦で始まっていた。
 全ての目が昇ってくる搭載艇に向けられていた。

 その搭載艇の中で、ブラック・バックはあまりの高加速に朦朧とする意識を必死で押し留めていた。が、状況を把握するのが精一杯、操船どころではない。もちろん、リグナはスタート直後にあっさり気絶していた。

 宇宙戦艦の残骸の影から〔北斗〕はゆっくりと滑り出てきた。ブラック・バックのプログラミングに従ってコールサインの受信をきっかけに無人のまま動き始めた。クフィレフ艦隊の探知を恐れて最小限のパワーでゆっくりと移動してゆく。定められたポジションに着くとビーム砲の照準を合わせる。そして時間が来るまで待機する。

 カウント・ダウンが続く。
 クフィレフの各艦艇の中で。搭載艇の中でブラック・バックが。〔北斗〕のコンピュータが……
 3
 2
 1

 最初に〔北斗〕のカウント・ダウンが完了した。
 砲門が開かれる。
 必殺のビーム砲がクフィレフの戦艦を貫く。

 状況が一変する。

 クフィレフ艦隊の目が一瞬搭載艇から離れる。
 ブラック・バックは搭載艇の加速を切り、直角に転進する。
〔北斗〕は戦場を離脱し、ブラック・バックの回収に向かう。

 クフィレフ艦隊は搭載艇も〔北斗〕も見失ってしまった。

 思念石を使った極度の精神集中、脱出の際の高加速、そして最後の急転進、でさしものブラック・バックもブラック・アウトしていた。
 
10     

 ピピピ、ピピピ、ピピピ……
 静寂の中に微かに警告のシグナルが囁いている。
 搭載艇のパイロット・シートでブラック・バックは目覚めた。今度もまた生き延びた。安堵の溜め息を吐いて、自分の悪運の巡り合わせに感謝した。既に燃料も底を尽き、加速を止めた搭載艇は虚空を漂っていた。
 ブラック・バックは辺りを見渡した。パイロット・シートの操作パネルには急激な方向転換による船体の歪みとガス欠を告げる赤ランプの他には生存を直接脅かす様なメッセージは表示されていない。先程からの警告音は近接質量計からのものだった。窓の外に〔北斗〕の灰白色の船体があった。コール・サインを辿って搭載艇と合流しその横にピタリとっ付け、ここまで並走してきたのだった。
 シートベルトを外して立ち上がる。耐Gベットの中を覗くと強烈な加速から開放され、リグナは他愛もなく寝息を立てていた。ブラック・バックはロッカーから備付けのヘルメットを2つ取り出した。
 〔北斗〕に信号を送るとエアロックの外扉が開いてゆくのが見えた。
「リグナ、起きろ」
 軽く肩を揺さぶり、優しく声を掛ける。
 眠たげに起き上がるリグナにヘルメットを被せる。
「行くぞ!」
 自分もヘルメットを着け、リグナを立たせるとエアロックに導いた。すぐ向こうに〔北斗〕のエアロックが見えている。
「行け!」
 リグナの背を叩いて押し出す。その後を追ってブラック・バックも続く。

 再び〔北斗〕のコクピットに入ったブラック・バックはヘルメットを脱ぎ捨てながらエンジンを始動した。側方推力を掛けると搭載艇がゆっくりと遠ざかる。
「…王冠は取り戻した。あとはハムウェルに飛んで引き渡してしまえばおしまいだ。報酬を貰って、〔北斗〕を整備して、……」
 ブラック・バックはもう次の「旅」に心が移っていた。
 ふと、リグナの事を思い出す。次の「旅」にもまたリグナがいるような、そんな気がした。
 コンパートメントからカチャカチャと音が聞こえる。リグナがコーヒーでも煎れてくれているのだろう。コーヒー豆の香りがコクピットまで漂って来た。
「ばかな。リグナは王冠と一緒に引き渡すんだ。それでサヨナラだ。」


 航法計算が終わり、エンジンにプログラムが転送された。
 ブラック・バックは〔北斗〕の艇首を惑星ハムウェルに向け、発進した。


−了−


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