星々への扉




 
 彼は外の世界が見たかった。
 最終戦争から30年もの間、彼は地下シェルターに隔離されていた。 核・科学・生物学兵器が封印を解かれ、放たれた魔物達さながらに全世界を死と暗黒のベールで覆い尽くして後、人々はそれぞれに割り当てられた地下シェルターの清浄室に隔離され、人と人とが肌を接することなく、狭く・閉ざされた世界の中で日々の暮らしを送ることを余儀無くされていた。
 人々は互いに肌を接する事を許されず、唯ブラウン管を通してのみ対話するだけである。
 そんな状態でも、人々は順応し、営みを続けていた。 テレビ電話が人と人とのコミュニケーションを保ち、人手の不足する所には最新鋭のロボットを投入し、地下シェルターの中で必要なものを自給自足していった。 人々は、不満を訴えることなく日々の暮らしを送り、やがて地上世界の事は忘れ去られていった。
 彼−マイケル・ハット−を除いては……



 
 マイケルには外の世界を諦めることは出来なかった。 もう一度、大地に足を降ろし、草原を駆け、海に泳ぎ、空を飛び、さらには遥か星々の彼方へと翔んで行きたかった。
 最初の3年に、マイケルはリモコン眼を作った。
 半永久的に様々な資材を生み出してゆく自動化工場から、リモコン眼と受信機の作成に必要な部品を全て取り寄せ、ロボットの手を借りて組立ていった。 イオノクラフトで空中に浮かび、波動通信により地表の放射能に通信が妨害されるのを防ぎ、受信した映像を室内に備えた大型ディスプレイに写しだすという簡単なものであった。
 マイケルはリモコン眼によって現在の地上世界を垣間見ることができた。 街はひっそり静まりかえっていた。 だが、その静けさとは正反対にマイケルの心は地上世界を再び見ることのできた感動に爆発していた。
 このことにより、マイケルの地上への憧れは一層激しく燃え上がった。
 「地上に立つ」そのことだけに向けてマイケルの研究が続けられた。
 
 次ぎの3年で、リモコン眼の視界を直接自分の視神経に接続することに成功した。
 その次の3年で、マイケルはロボットの制御信号を自分の脳に接続した。
 それは、リモコン眼と違いただ観るだけでなく、ロボットの体を借りてロボットの足で立ち、歩き、自分の体を大気にされすことなく地上に立つことを可能にしてくれるのだ。 ロボット眼に視神経をつなげた原理を応用し、ロボットの知覚する全ての情報をシナプスに置き換え、直接脳髄に働きかける。 また、同じ様に脳からの命令をロボットのコントロール信号に置き換えて伝送する。 波動通信により、それらはリアルタイムで一瞬も遅れることなく行われる。
 マイケルはロボットの目で見、耳で聴き、両足で立ち、手で触れる。
 初めてこのシステムにスイッチを入れた時、
 ロボットの視界にその金属の腕を捕らえ、鏡に映る自分=ロボットの姿を見、
 外界への扉を開いた時、……
 それは言い尽くせない興奮の連続であった。



 
 その日からマイケルは、自分の肉体の管理を生命維持装置に任せ、外界での生活を始めた。 以前から目を付けておいた家に腰を落ち着け、新しい日々を送り始めた。
 この付近一帯は、最終戦争の物理的な破壊を免れ、戦前のたたずまいそのままであった。
 マイケルはまず、この家の30年分のほこりを取り除き、荒れ放題の庭を片付け、ロボットの体重でも潰れないようにベッドの補強をした。 幸い、水や電気は停まっておらず、夜になっても不自由はなかった。
 マイケルは日の出と共に起き出し、町を一回りして来る。 ごみを片付け、崩れた塀を直し、木々の様子を伺う。 中でも飛行場の管制塔では無線機のスイッチを入れ、ざらついたヒスノイズに1時間以上も身じろぎもせずにじっと聴き入っている。 その後、格納庫に赴き飛行機の一機一機を整備していく。
 マイケルは空を飛びたかった。 それは、最終戦争の始まるずっと前から思っていたことだ。 それは宇宙へと向かう、第一歩となる。 そのために、特に飛行機のメカニズムには熟知していた。 が、マイケルには飛行機を飛ばせなかった。
 誰も居ない飛行場、所有者の放棄した飛行機の群れ、それらを枚にしてマイケルには飛行機を飛ばすだけの技術がなかった。 勉強はした。 誰よりも飛行機について知っている。 全ての知識が頭の中に詰まっている。 しかし、いざシュミレータのスティックを握ると手が動かなくなる。 飛行機は直ぐに墜落し、実機に乗り込む冒険はするだけ無駄とあきらめている。
 だから、マイケルは、一機一機丹念に整備を繰り返すのだ。
 一回り町を廻って来ると、日が暮れるまで隣近所の家の一軒一軒復元して過ごす。
 一日の仕事を終え、街の灯を消すと戦前でさえ見れなかった満天の星空がそこにあった。
 
 マイケルはじっと夜空を眺め、遠く星々の彼方へ思いを馳せていた。



 
 そんなある日、マイケルが飛行場へ行くと、無線機が空中放電以外の信号を捕らえていた。
 解析するとあきらかにそれは人類の発した電磁信号であった。
 それはこう繰り返していた。
「……こちらは〔ルナティックV〕 地球!地球、応答願います。 こちらは……」
 計算機は信号の強度、経時変化等から、宇宙船〔ルナティックV〕が地球に到達するまで3ヶ月、かつ、こちらの送信機で〔ルナティックV〕に発信可能になるのがその1ヶ月前と弾き出した。 そして、マイケルの頭の中で一つのプランが練り上がっていった。
 マイケルの見果てぬ夢―宇宙への扉―が、今、突然に開かれようとしている。
 幸いにも、今、この地球上で〔ルナティックV〕の無線を傍受出来たのはマイケルだけであり、今後も彼以外に無線に耳を傾ける人間は出て来ないはずである。
 そして、彼等を歓待すれば、交渉によってはマイケルを宇宙船に乗せ、星々の海へと連れていってもらえるはずである。
 
 取敢えずは、と市長に協力を掛け合ってみた。



 
「誰が、何処から来るって?
 それが、我々にどんな関係があるというのかね?」
しかし、その答えは冷たいものであった。
「人が増えるのは問題ない。 清浄室にはまだ十分余裕があるからね。
 歓迎する? 何の為?
 外から来るって? ばか言っちゃいけない!
 我々が外へ出られないのを忘れた理由ではあるまい?
「人類が免疫抵抗を無くしてから久しい。 我々が外に出るということは、
 即、死につながる。
 それは彼等とて同じ事……
「50年! 最終戦争以前に地球を出ている!?
 なおさらばかばかしい。
 君は研究のし過ぎで幻覚でも見たのではないかね。
 君のボディは君の思考に何か悪い影響でも与えているんじゃないか?
「話は聞かなかった事にする。
 今後一切この手の話は持ち込まないでくれたまえ。」
 
市長はテレビ電話を切ろうとして延ばした手をちょっと止め、
「これは、わたし個人としての忠告だがね、
 仮に君が言うその〔ルナティックV〕が来たとして、その乗員を歓待するとしても君自身が出迎えるわけにもいくまい? 50年前の地球しか知らない彼等に対してそんなロボットの身体でどんなことが出来るんだね?」
 テレビ電話はプツリと音を立てて切れた。



 
 もともと他人の協力などあてにしていたわけではなかったが、市長の最後の一言がマイケルにはずしんとこたえた。
 地上の家に戻り、鏡の前に立つ。 鏡に映る自分の姿を覗き込む。
 ちらりと見ても、じっくり見ても、それは金属とプラスチックで出来たロボットの姿以外の何者でもない。
 腕を曲げる油圧ポンプ、センサにつながるコードの束、チカチカとまたたく剥き出しの電子機器、目にはまった大きなレンズ、耳の脇からニュッと伸びる波動通信のアンテナ……
 ここに至り、マイケルの自己嫌悪は頂上に達した。
 
 何で自分は自分自身の生身の身体で外に出る事を考えなかったのだろう。
 借物の身体、機械の身体で外に出た処で何の意味があるというのだ。
 免疫不良を克服する研究をしてさえいれば、こんな事にはならなかったのに……
 
 マイケルはロボットの姿を映しだす鏡を叩き壊した。
 弾けるガラス片が金属のボディを激しく叩く。
 ガラスの破片は、彼の身体に少しの傷も付けることなく床の上に散らばっていった。
 マイケルは、がくりと膝を付きガラス片の水溜まりに顔を埋めた。
「〔ルナティックV〕の着く迄の3ヶ月間、何もしなければいいんだ。 何も知らぬふり、何も聞かぬふり。 無線機に触れさえしなければ、彼等は通り過ぎ、ロボットの姿の自分のことなど知る術もなく、いつもと変わらぬ日々を送ることが出来る。 何もしなければいいんだ。 何もするな!」
 マイケルは自分に言い聴かせていった。
 
 言い聴かせてもなお、マイケルの心の奥には宇宙への憧れが燦然と輝いていた。
 その輝きは熱い炎となって、自分自身に言い聴かせる彼の言葉の端々から焼崩して行くのだった。 説き伏せようとすれば、それだけ一層心の炎は火の手を増し、かえってマイケルの宇宙への憧れを増大させて行くのだった。



 
 宇宙が、星々の海が、今手の届きそうな所に来ている。
 この時を逃せば、永遠に宇宙への架け橋に巡り合うことはないだろう。
 〔ルナティックV〕を迎え入れる手立てが何かあるはずだ。
 考えるのだ!
 何かあるはずだ。
 このロボットの身体を捨て、人間の自分が彼等を迎える為の手立てが。
 ……免疫不良を克服する?
 この2〜3ヶ月で出来る仕事ではない。
 これまでの研究の応用でできるものならば2〜3ヶ月で可能だろう。
 何がある?
 何が出来る?
 ……このボディにカバーを被せて、人間らしく見せる?
 いや、ロボットであることなど一目で判る。
 ……TVでなら誤魔化せるが。
 直接会わずして、何の為に彼等を迎えるというのだ!
 ……ボディを作り換える?
 そうだ、もっと人間らしい物にすれば良い。
 ヒューマノイド・ロボットならば完璧だ。 極僅かではあるが、金持ちが召使用に人間そっくりのヒューマノイド・ロボットを作っている。
 これならば、ほんの僅かの改造でこのボディの替わりを作ることが出来る。
 ……だが、いくらかかる?
 ヒューマノイド・ロボットには途方もない値段が付いている。 全てが注文生産で1つとして同じものを作らない。 使う材料にしても吟味されている。 自分のような一般人では一生働いても手に入れることなど出来はしない。
 ……ならば、盗む?
 そんなもの一遍で足が付く。
 ……では、借りる?
 改造するのだ。 そんなことに貸すような物など居はしない。
 仮に借りることが出来たとしても、自分自身が満足しない。 とにかくスイッチを入れている間は自分自身になるのだ。
 やはり、自分の所有物となっていなければならない。
 ……新品が無理ならば、中古で手に入れれば?
 そうだ! 中古ならば価格も安い。
 ジェイムズの奴に手を廻してもらえば直ぐに手に入る。
 
 マイケルは立ち上がると、ジェイムズを呼び出した。
 とにかく、1週間後に手に入るものをリストアップしてもらうことになった。



 
 だが、1週間後にマイケルの手元に届いたリストには唯1体のヒューマノイド・ロボットが載っているだけであった。 それも、マイケルの思いも寄らなかったもの……それは通常の召使用のサーバ・タイプではなく、性奉仕タイプの俗に言うダッチ・ロボットであった。
 一瞬、マイケルの思考は停止してしまった。
 マイケルは彼そっくりとは言わないまでも、彼自身に少しでも似た所のあるものが1体ぐらいは見つけられると思っていた。 それが、リスト上にはたったの1体。 それも女性タイプである。 男性タイプであれば、多少不細工でもなんとか我慢出来たであろうが……
 マイケルはもう一度ジェイムズの捜して来たロボットのカタログを見た。 性能的には特に問題はない。 立体映像がロボットのプロポーションを正確に伝える。
 頭部を拡大する。
 長い金髪、淡青の瞳、彫りの深いマスク、形の良い鼻、白い首筋……
 倍率を調整し、今度は全身を映す。
 すらりと長い四肢、きゅっと引き締まったウエスト、大き過ぎず小さ過ぎずの胸と腰、骨格・肉付きともにバランスが良く……
 詰まる所、世間一般の言う所の「美女」を忠実に具象化している。
 ジェイムズが言うには、この手のタイプはかなり作られはするものの飽きられるのも早く、中古市場にはこのタイプ以外のヒューマノイド・ロボットは存在し得ないとのことである。
 無理とはしりつつも、再度探索を依頼したが1週間を過ぎても、もう1週の時を待っても、リスト上に追加されるのは全て同じタイプのダッチ・ロボットであった。



 
 3ヶ月の余裕も残り一月となった。
 〔ルナティックV〕もこちらからの無線信号の到達範囲に入った。 マイケルは飛行場の管制塔に上り、誘導信号の自動発信装置を作動させた。
 こうしておいて、マイケルはジェイムズのリストアップしたヒューマノイド・ロボット=ダッチ・ロボットの中から状態の良い物を選び、すぐさま改造を始めた。
 この1ヶ月の間で全ての準備を終えなければ、いままでの苦労が水泡と帰す。
 とにかく今はと、マイケルはロボットの改造に専念した。
 
 ロボットの改造は基本的には、今のボディを作ったのと変わりはないが、人間としてのプロポーションを決っして乱してはならないという大前提が控えている。
 そのため、これまでの機器をそのまま実装することは不可能である。
 個々の機器の小型化を計り、場合によっては回路を設計しなおす事もあった。
 人間で通す為には、その外観だけでなく手を触れた時の感触までも考慮しなけらばならない。
 そのため、改造により追加された機器の置き場所も限定されて来る。
 頭蓋骨や、胸板の内などが一番に検討された。
 しかし、既にロボット自身のコントロール装置が所狭しと詰め込まれている為、別の場所を捜さなければならなかった。
 既存の機器を並べ替え空いた隙間に詰め込んだ残りは、それこそ腕や足の骨を削ってその中に埋め込んでいくしかなかった。
 それでも必要な機器の全てを埋め込むことは出来ず、最後に残った機器をブレスレット風に偽装して、ようやく新しいボディが完成した。
 マイケルはこの身体をシンディと名付けた。
 〔ルナティックV〕の着陸3日前であった。


10

 
 〔ルナティックV〕の到着するその日、マイケルは歓待の準備を全て終えて飛行場の管制塔に昇った。
 マイケルは今、無骨な金属とプラスチックの塊で出来た身体からしなやかで柔らかなシンディに移っていた。
 ライトグリーンのドレスに身を包み、管制塔に立ったマイケル=シンディは爪をオレンジ色に塗った白く細い指で無線機のマイクを握った。
 遥か上空に輝く点として現れた〔ルナティックV〕はシンディの誘導で高度を下げるとともに、ぐんぐん大きさを増していった。 飛行場の上空500メートルで急制動を掛けると、今度はゆっくりと木の葉が舞い落ちるようにその船体を降下させていった。
 
 〔ルナティックV〕は円盤型の宇宙船であった。 直径50メートル、厚さ10メートルの銀色をしたレンズ型の船体の上面に大きく〔ルナティックV〕とペイントされている。
 3本の着陸脚の先の半球形の接地板が大地に接すると、エンジンの音が徐々に低くなり静けさを取り戻していった。
 
 シンディは管制塔を駆け降りて、出迎えの為に〔ルナティックV〕に近づいていった。 かすかな音とともに、船体に出入口と思われる穴が開いた。 斜路が迫り出し地面に接する。 出入口に明かりが灯る。
 シンディは斜路が接地した所で乗員が降りて来るのを待ちかねていた。


11

 
 5分が過ぎ、10分が過ぎ、30分が過ぎても〔ルナティックV〕には何の動きもみられなかった。
 シンディは意を決し、恐る恐る斜路に足を掛け、手摺りに掴まりながら〔ルナティックV〕の入り口へと昇っていった。 斜路を昇りきるとエアロックが反応し、内扉がゆっくりと開いていった。 扉の向こうには真直ぐな通路と、その左右に個室へのドアがならんでいた。
 この通路の突き当たりが操縦室と当たりをつけ、シンディは〔ルナティックV〕の内部へと足を踏み入れていった。
 突き当たりのドアが左右に開く。 その奥は予想に反して操縦室を思わせる機器の一つとしてなく、3方の壁と天井そのものがスクリーンとなって周りの景色を写し出していた。 その展望室を思わせる部屋の中央に、1コのカプセルが置かれていた。
 その中に一人の男が横たわっている。
 コールド・スリープ装置のようだ。
 
 カプセルに近付き、そのガラスの面に手を触れると正面のスクリーンが変化した。 スクリーンがフラッシュバックし、その光の洪水が納まるとともにスクリーンの中に一人の老人の姿が現れてきた。


12

 
「私の名はアラン・ロ・トワイガル。 宇宙船〔スター・アルカディア〕の科学主任だ。」
老人は語り始めた。
「我々は、人類の新しい大地……新世界を求め地球を旅立った。 宇宙船〔スター・アルカディア〕には、志を同じくする者二百余名を乗せ太陽系を後にした。
 航行を始めて3ヶ月、最初の兆候が顕れた。 それは非常灯のランプ切れという些細なものではあったが、時がたつにつれ、その些細なトラブルが数多く発生するようになった。
「トラブルは次第にその規模を増大させていった。 空気漏れ、燃料の流失、食料庫の火災など、質・量共に大きくなり、ついに我々はこれ以上の航行を断念せざるを得なくかった。……」
老人の物語る〔スター・アルカディア〕の悲劇は想像を絶する物であった。
「……我々は新世界を見つける事が出来なかった。 いや、我々人類が地球以外の場所で営みを得る事を神々がお許し下さらなかったのだ。
 我々はこのまま宇宙の果てでその生涯を終える。 だが、我々はこの事を……神々の意志を地球上の人類に伝えるべく、ここに使者 ジョン・マクスウェルを送り届ける。
「地球人よ! 神の怒りに触れる事なかれ!
 ……彼が無事、地球に辿り着く事を祈る。」


13

 
 老人の長い物語りが終わると同時に、シグナル音とともにコールド・スリープ装置がその機能を停止し、カプセルの蓋が開いた。
 シンディはカプセルに近寄り、中を覗いた。 老人の話にあった使者……ジョン・マクスウェル……が目覚めの努力を始めていた。
 目蓋の内側で眼球がうごめく。
 指先にピクピクとけいれんが走る。
 唇が開き、酸素をむさぼる。
 胸板が上下し、全身の筋肉にエネルギーを蓄える。
 喉が振るえ無意味な音の連なりがほとばしる。
 目蓋が開き、焦点の合わない目が左右に揺れる。
 両腕が持ち上がり、宙を漂う。
 やがて、焦点に定まらなかった瞳がシンディを捕らえる。
 ジョンの唇が言葉を形作る。
「こ、ここは?」
 ジョンの指がシンディの金色の髪に触れ、掌をシンディの頬に当てる。
「天使がいる。 ここは天国なのかな?」
 シンディは身をかがめ、ジョンの耳元にささやいた。
「ここは……地球です。 おかえりなさいU」
 その一言が、一瞬の内にジョンの体内にパワーを回復させた。
 両腕がシンディの細い腰を抱き締める。
 バランスを崩したシンディがジョンの膝の上に座り込む。
 ジョンはむっくと上半身を起こした。
「もう一度言ってくれ! ここはどこだ?」
 ジョンが問い詰める。
「ここは、地球です。」 戸惑いながらシンディが答える。
 突然
「ヤッホー!」 と歓声を上げるなり、ジョンはシンディを抱き寄せ彼女の頬に自分の頬を右、左、右、と押し当て、そして、唇を重ね合わせた。


14

 
 その途端、シンディの中でカチリと回路が接続され、動きだした。 マイケルが気づいた時には既に遅く、回路はマイケルの意志とは無関係にシンディを一瞬のうちに支配下に置いた。
 あとで冷静になって考えると、それは元々シンディのボディに組み込まれていた回路で、改造する際にマイケルが完全に見落としていた物だった。
 しかし、今のマイケルにはそこまで考える余裕は一切無かった。
 ガン! というショックと共に、身体全体が火照って来る。
 全ての思考が停止してしまう。 
 状況を判断する前に、シンディの身体が反応を開始する。
 マイケルの意識がようやくの事にシンディを捕まえた時、シンディの腕はジョンの背中に廻り、合わされた唇の中で互いの舌が動き回り、絡み合わせていた。 狭いカプセルの中に倒れ込むと、二人の身体が密着する。 ジョンの股間の膨らみがはちきれんばかりになっているのがまざまざと感じられた。
 ジョンの腕がシンディのドレスの背のファスナーを引き降ろす。
 ジョンの唇が首筋を伝い、剥き出しとなった乳頭を挟み込む。
 片方の手でもう一方の乳房を扱いながら、空いた手でドレスの残りと身にまとった僅かばかりの下着を器用に剥ぎ取って行く。
 シンディの方もマイケルのコントロールを無視してさかんにジョンを愛撫する。 巧みに身体を入れ換えるとジョンの逸物を口に含んでいた。 白く細い指がジョンの股間にそそり立つ肉柱を掴み、真紅の唇が堅くなった肉柱を挟み、時には歯を立て、時には舌先で先端の割れ目をなぞってゆく。
 
 マイケルはシンディの頭の中で必死に「やめろ! やめろ!」と繰り返し叫ぶが、回路に全ての主導権を取られ成す術もない。 それどころか、「何故やめなければならないのか?」と、逆に問い返されて来る。


15

 
 回路はマイケルからシンディの主導権を奪い取っただけでは納まらず、マイケル自身もその支配下に置こうとしていた。
 シンディの感じている快感がマイケルにフィードバックされてくる。
 快感が脊椎を伝って昇ってやって来る。
 マイケルの頭の中が所どころ白く染まり始める。
 ジョンの指先が全身を刺激する。
 シンディの喉からはあえぎ声が漏れ始める。
 ジョンの舌が秘部を衝く度に、一瞬頭の中が真白に染まる。
「気持良いか?」 回路が問い掛けて来る。
 快感がマイケルの判断を鈍らす。
 だが、ここで肯定すればマイケルの全てを回路に奪われてしまう。
 マイケルは更に「やめろ!」を連発する。
 
 二人の身体が入れ換わり、ジョンがシンディの上にのしかかる。
 十分に濡れた花弁にジョンの肉柱が突き建てられる。
 肉体を引き裂かれる痛みと共に、その痛みを打ち消して余りある快感の洪水が押し寄せて来た。
「ああっ!」
 シンディがあえぐ。
 腰が前後に打ち振られる。
「はっ はっ はっ」とジョンの息遣いシンディの胸に吹き係る。
 腰のリズムが快感のメロディを装飾する。
 全てが一つのリズムに支配されていった。
 マイケルの発する「やめろ! やめろ!」という頭の中の叫びも、いつしか腰のリズムに合わさっていく。
 マイケルの意識はシンディの中に同化され始めていた。
 
「何をやめなければならないのかね?」 回路が再度問い掛けて来る。
「何を?」 一瞬言葉に詰まる。
 一度詰まると先が続かなくなる。
 腰のリズムがマイケルの意識を吹き飛ばす。
「何をやめなければならないのだろう?」
 自問してみる。
 だが、答えが帰って来ない。
 ただリズムにあわせて快感だけがマイケルに降り注いで来る。
 
 次第に腰のリズムが激しくなって来た。
 脊椎を昇って来る快感も激しさを増す。
 いつしかマイケル自身も快感を欲していた。
 積極的に腰のリズムに参加する。
 マイケル自身がジョンの肉柱を奥へ深くとくわえ込もうとしている。
 そこには回路もシンディもマイケルさえもいない。 ただ快楽を欲する一匹の獣がいた。
 全てが一体となって頂きに向かう。
 頭の中がフラッシュバックする。
 その合間の短いインターバルで頭の片隅に何か引っ掛かっているのを思い出す。
 自分が何を問い掛けていたのか? その内容はおろか、その問い掛け自身すら忘れ去っていた。
 
 そして、エクスタシー
 マイケルは感情と本能の爆発に巻き込まれ、その後の穏やかな快感に浸っていた。


16

 
「この船、まだ飛べるのかしら?」 シンディはジョンの耳元でささやいた。
「え?」 ジョンが聞き返す。
「星がみたいの?」 とシンディ
 それはマイケルから引き継いだシンディの最大の願望……
 そうとは知らずに、シンディはジョンを促す。
「わたし、まだ地球の外に行った事がないから……」
「オーケー。 じゃ、こっちへ来て。」
 ジョンはシンディの手を引いて、宇宙船の最上部にある操縦室へ昇っていった。 狭い操縦室の更に狭い副操縦席にシンディを座らせ、安全ベルトを締めてやる。 自分も主操縦席に身体を押し込むとあちこちのスイッチをひねり、船の心臓に火を入れてやる。 エンジンの音が高まり、船全体にパワーが満ち溢れて来る。 窓の向こうの管制塔がゆっくりと視界から消えてゆく。
 ジョンが更にいくつかのスイッチをひねる。 斜路がたたまれ、外扉が閉まり、着陸脚が引き込まれると次々にコンソールの青ランプが点灯してゆく。
 
 操縦竿をスライドさせ、更にパワーをかけると空の色が青から紺へ、紺から黒へと急速に変わって行く。
 ジョンは操縦竿を倒し船首を巡らすと、丁度正面に地球が見える位置に付けた。
「シンディ、これが地球だよ。」
 操船を一段落させ、シンディの方を振り向いたとき、ジョンはそこに全ての機能を停止しているシンディを発見した。
「シンディ?!」
 ジョンがいくら呼び掛けてもシンディは何の反応も示さなかった。


17

 
 マイケルの意識は強制的にシンディから引き離されてしまった。
 宇宙船がシンディのコントロール信号の到達範囲を越えてしまった為、安全装置が働いたのだった。 シティから供給されるパワーでは波動通信によるリモコンロボットのコントロール信号の到達範囲が極端に狭く、成層圏を越えることができなかった。
 結局マイケルの宇宙への憧れは、実現することはなかった。
 現状では波動通信のパワー不足を解消する有効な方法はひとつとしてないのである。
「やはり、神々は人類が地球から離れる事をお許し下さらないのだろうか?
 無理に離れようとすると、自分も〔スター・アルカディア〕の乗員達と同じ様に無為の人生をおくらなければならなくなるのだろうか?……」
 
 マイケルは戻って来た〔ルナティックV〕の呼び掛けを聞きながら、じっと地下シェルターの自分の部屋で〔ルナティックV〕が過ぎ去るのを待っていた。
 様々な思いがマイケルの頭を過る。
 地上の事、空の事、宇宙の事。
 そして、ジョン…… 別にマイケルは彼を愛していた訳ではない。 ただ、何かジョンと共に忘れられないものがあるのだった。
 マイケルはやるせなさに押し潰されてしまっていた。
 
〔ルナティックV〕は行ってしまった。
 部屋の片隅からゆっくりと起き上がる。
 まるで羽化を迎えた蝶のようにゆっくりと羽根をひろげる。
 その時のマイケルは既に以前のマイケルとは同じではなくなっていた。
 しばらくして、ジェイムズから新しいヒューマノイド・ロボットを手に入れ、改造し、再び地上での生活を始めた。
 しかし、2つの点で以前とは異なっていた。
 1つに日課となっていた飛行場回り、特に管制塔への出入りをぱったりと辞めてしまったばかりか、近付こうともしなくなっていた。
 これは、打ち砕かれたマイケルの夢をその中に封じ込めたかの様であった。
 
 もう1つ、
 そしてそれは新たに加わったもの……
 
 夜が訪れるとマイケルは丘の上の草原に横たわり星を見上げる。
 身にまとった全てのものを剥ぎ取って、大自然と一体となる。
 全裸の素肌に夜風が心地好く吹き抜けてゆく。
 草の葉が優しくマイケルを愛撫する。
 宇宙が彼を抱き寄せる。
 
 そして、シンディの時に見過ごしていたあの回路のスイッチを入れる。
 
 すぐに全身が反応する。
 頬が上気する。
 濡れてゆく。
 新しいボディの白い指が花弁を割って滑り込んでゆく。
 愛液が滴り、大地に吸い込まれる。
 更に指を絡ませる。
 快感が脊髄を昇って来る……
 
 星々と大地の間で、マイケルは快感に身を打ち振るえさす。
 
 
−END−


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